ノッポさんからスティーブ・ジョブズまで! ヤマザキマリ流 極私的“新男性論”

文芸・カルチャー

2019/3/25

男子観察録
『男子観察録』(ヤマザキマリ/幻冬舎)

 突然だが、あなたは普段、男性のどんなところに“男らしさ”を感じるだろうか。グイグイ引っ張ってくれるリーダーシップ力や辛いときに発揮される包容力、生活に困らないだけの経済力など、世の男性に“男らしさ”を感じるポイントは価値観によって異なる。だが、それは果たして本当に真の“男らしさ”なのだろうか。『男子観察録』(ヤマザキマリ/幻冬舎)は、そんな疑問を投げかけながらまったく新しい“男らしさ”を私たちに気づかせてくれる1冊。ヤマザキ氏といえば、漫画『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)の作者としても有名だ。

 本書には第14代ローマ皇帝であるハドリアヌス帝やスティーブ・ジョブズ、山下達郎さん、ノッポさんなど系統も生きている時代も異なる男性たちの生き様が記されている。

 そう語るヤマザキ氏の「極私的男性論」に触れると、“男”という生き物がもっと愛おしくかわいく見えてくるはずだ。

■ノッポさんに母性愛を募らせた幼少期

子供の頃、お嫁に行きたい人ナンバー・ワンがこの人だった。

 ヤマザキ氏にそう思わせたのは、かつて教育テレビで放送されていたご長寿工作番組「できるかな」のノッポさん。番組内容は至ってシンプル。高見映さんが演じるノッポさんが毎回、アシスタントである着ぐるみのゴン太と一緒に工作を行うというものだ。この番組のおもしろさは、ノッポさんが一切言葉を発せず、ゴン太も「フゴフゴ」という音でしか感情表現をしないところにある。ヤマザキ氏はそうした点を思う存分楽しみながら、ノッポさんへの愛を募らせていった。

「こういう人がいてくれたら毎日が楽しくなるだろうな」とか「好い年をした中年の男がどうでもいい事に一生懸命になって、変だけど可愛い」といった、ほんのり母性の滲んだ、温かい眼差しで見ていた部分もあったと思う。

 ノッポさんが生み出す工作は日常生活に必要不可欠なものではない。しかし、普通なら廃棄物として捨てられるだけの画用紙や段ボール、トイレットペーパーの芯をワクワクする造形物に変えていく姿にヤマザキさんは強い魅力を感じたのだ。

 ハサミとセロハンテープ、ホッチキスを手に好奇心をくすぐる造形物を生み出すノッポさんは寡黙であるため、たとえ恋人同士になれたとしてもストレートな愛の言葉を伝えてくれそうにない。だが、彼の生き様には人を惹きつけるポイントがたくさんある。現に、番組内で作った造形物をゴン太に破壊されてしまっても、寛大に許すノッポさんの優しさにヤマザキ氏は惹かれ、その姿勢から芸術とは造形と破壊が重なり合ったものなのだということも学んだ。

 そして、芸術との向き合い方をも教えてくれたノッポさんというキャラクターはヤマザキ氏の中で“その後の男性の嗜好の指標”となったそう。もしかしたらノッポさんは、寡黙で孤独で独創的なスタイルを貫くことで人生を自分らしく楽しむことの大切さを訴え続けていたのかもしれない。

■「良い人」を貫かなかったスティーブ・ジョブズ氏

 ヤマザキ氏は、アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズ氏の半生を著したウォルター・アイザックソン氏の世界的なベストセラー『スティーブ・ジョブズ』(講談社)をコミカライズした経験をもつ。

 しかし、実はヤマザキ氏は漫画を手がける前まで、ジョブズ氏に対してよいイメージを持っていなかったそう。

スティーブ・ジョブズは私にとって、息子の僅かな貯金と集中力をとことん吸い尽くそうという蠱惑的な製品の発明者であり生産者であった。

 ヤマザキ氏は、各メディアでジョブズ氏の資本主義的な振る舞いを耳にしてきたことがあったため、彼が手がけたiPhoneやiPadなどにも興味を示さなかったのだ。

 しかし、ジョブズ氏が亡くなった時、息子に懇願されて訪れたミシガンアベニューのアップルストアの前で多くの人々が彼を心から追悼する姿を見て、考えが変化。わがままで横暴で独我的とまで言われていたジョブズ氏のカリスマ性に興味を持つようになった。

 漫画を制作する際、これまで抱いていた先入観を一度真っ新にして原作であるウォルター・アイザックソン氏の著作を読み込むことに。すると、今まで知り得なかったジョブズ氏の魅力に気づくことができた。

 ジョブズ氏は決して聖人君子な人物ではない。LSDを常用したり、付き合っていた女性との間に生まれた娘の父親であることがDNA鑑定で証明されても認めなかったりした。会社の中では同意が得られない社員に対して罵声を浴びせ、解任を言い渡すこともあったという。

 しかし、一貫して「良い人」を装わなかったジョブズ氏の心と勇気があったからこそ、誕生したものや熟成した製品は多い。こうした彼の生き様をヤマザキ氏はこう分析している。

言い方はおかしいが、何となくジョブズは資本主義社会という修験世界を全うした一人の修行僧のようにも思えてくる。

 アップル社を一流企業にしたジョブズ氏は、人間にしかできない創造に人生のすべてをかけた人物。だからこそ、私たちはその信念に男らしさを感じ、彼に敬意を示してしまうのだ。

 一筋縄ではいかない偉人たちの魅力にスポットを当てた本作は、自分の人生観を見つめ直させてもくれる1冊。私たちが日頃求めている“男らしさ”は、本当に“嘘偽りのない男らしさ”だと言えるのだろうか。25の章でつづられる男たちの生き様は、そんな問いを投げかけてくる。

文=古川諭香