愛を理解できなかった刑務所の少年たちに「物語」がもたらした奇跡

社会

2019/4/22

『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』(寮美千子/西日本出版社)

「涵養(かんよう)」という言葉を聞いたことはあるだろうか。すぐに結果を求めるのではなく、じっくりと何かを育てていくことである。2016年度末まで存在していた奈良少年刑務所では、受刑者たちに社会性涵養プログラムの一環として絵本と詩の講義を行っていた。「絵本や詩なんかで犯罪者をどうにかできない」と思う人もいるだろう。しかし、プログラム実施直後から、驚くべき成果を見せ始める。

 プログラムの講師を務めてきた作家の寮美千子さんは、これまで少年たちの作品を集めた出版活動を行なってきた。そして、プログラムの思い出を綴った著書『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』(尞 美千子/西日本出版社)がついに発表された。本書では、寮さんが「恐い人」だと思っていた少年たちが、少しのきっかけで本来の「やさしさ」を取り戻していく様子が綴られている。

 教育統括の担当者から熱心に誘われ、寮さんがプログラム講師を引き受けることになったのは2007年のことである。期間は半年で授業は月1回。1期が終われば、生徒を総入れ替えして次の教室が始まる。たった6回の授業で本当に少年たちのためになることを教えられるのだろうか? しかも、相手にするのは少年院の子どもたちではない。重い罪を負った者が収容される少年刑務所の子どもたちだ。生徒の中にはレイプや殺人を犯した者もいる。寮さんは当初、不安が大きかったという。

 しかし、第1回の講義で、寮さんは不安が杞憂だったことを知る。絵本『おおかみのこがはしってきて』(小林敏也、寮美千子/ロクリン社)を寸劇つきで生徒たちに朗読させてみたところ、教室中に笑いと拍手が巻き起こったのだ。その瞬間に、朗読した生徒たちの表情は変わった。これまで否定ばかりされてきた人生で、もしかすると初めての自己肯定感が芽生えたのである。

 寮さんは朗読だけでなく、生徒たちに詩の創作もさせてみた。すると、文章の基礎すらもあやふやだった生徒たちは、自分の言葉で作品を生み出し始めた。有名なのは、詩集のタイトルにもなった以下の作品である。

くも

空が青いから白をえらんだのです

 たった1行で描写された美しい風景。作者のD君は当時、薬物中毒の治療中だった。たどたどしい言葉でD君は詩の意味を寮さんやほかの生徒に説明してくれたという。この詩は、亡くなった母親の気持ちになって書かれたものだった。D君の母親は生前、父親の暴力を受け続けており、D君には「守れなかった」との後悔があったのだ。生徒たちはD君の思いを受け止め、口々に感想を述べていく。ある生徒にいたっては、わっと泣き崩れてしまった。彼は、母親を知らない子どもだった。

 また、自信を持たせるため、寮さんは生徒たちを少しでも否定しないよう心がけていた。その結果、生徒たちは素直な本音を詩にぶつけるようになる。興味深いことに、「男の鑑」のように振る舞っている生徒ほど、繊細な内面を取り繕っていることが多い。彼らは過酷な生い立ちゆえに、子どもでいることを許されなかった。プログラムを通じて、ようやく彼らは童心のまま振る舞うことができたのだ。

 授業を通して、生徒たちはびっくりするくらい変化していく。授業の間だけチック症状が止んだり、自信を持って言葉を発するようになったりと、別人のようになるのだ。寮さんは、人間はもともとやさしさにあふれていると確信していく。道を間違えてしまっただけで、少年たちの本質は「愛されたい子ども」なのだと知った。そう、正確には、彼らは授業で「変わった」のではなく「元に戻った」ともいえるだろう。

 現代社会は過ちを犯した人間に対し、寛容であるとはいいがたい。その原因として、犯罪者を怪物のように扱い、隔離してしまおうとする傾向が挙げられる。ただ、本書を読めば、彼らの中にも人間らしい心が宿っていると気づかされる。

文=石塚就一