「なんもしない」が仕事になる時代――「スッキリ」にも登場した「レンタルなんもしない人」に見る新しい仕事の可能性

文芸・カルチャー

公開日:2019/5/11

『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(レンタルなんもしない人/晶文社)

 日本では今後、ロボットが人間の仕事を奪っていくといわれているが、一方で新しい仕事も生み出されると見られている。テクノロジーの進化、価値観の多様化などで、これまでは見向きもされていなかった潜在的ニーズが掘り起こされ、仕事として注目されるかもしれない。

 新しいレンタル、リース、シェア業が登場し続けている。そんな中で、あるレンタル業がSNS界隈で話題になっている。知る人ぞ知るそのレンタル業とは、「なんもしない自分」を新しい価値とした「レンタルなんもしない人」自身をレンタルするサービス。なんもせず基本的にただ側にいるだけのこのサービスは、2018年6月にスタートさせてからSNSでじわじわと認知を広げ、本記事を執筆した2019年5月8日時点のフォロワー数は15万2075人にのぼる。2019年1月31日には「スッキリ」(日本テレビ)に出演しており、そのときまでの半年間に起こった出来事をほぼ時系列で紹介したノンフィクション・エッセイ『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(レンタルなんもしない人/晶文社)が出版され、話題を呼んでいる。

 サービスは2018年6月3日に始まる。ツイッターでまずは利用規約を公表。かいつまむと、ごく簡単なうけこたえ以外はできないこと、交通費と飲食代がかかった場合はそれをもらう以外は無料でサービスが受けられることなどが書かれている。サービス開始から早くも2日目には、いくつもの問い合わせがある。報酬は本当に要らないのか、年齢はいくつか、妻子持ちなのになぜこんなサービスをするのか、拘束時間はどれくらい可能か、など。そして、同日、さっそく2件の利用依頼が入る。「風船をもつ依頼」と「かなりおいしいラーメンを食わされる依頼」だ。その翌日には、パチンコ屋に並ばされる依頼を受ける。氏によると、「はじめてのことはなんでも面白い」とのことだったが、あとでフォロワーから、パチンコ屋に並ぶだけの人は「引き子」といってよくないことだと知り、二度としないことを誓う。

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 その日は、「大人気の豆大福を平日に買ってきてもらうっていうのはありですか?」と問い合わせがあったが、氏は「おつかいは僕の中では十分になんかしてることになり、お断りしています」と返している。

 氏は、依頼を受けるか否かを選び続ける中で、自分が積極的に受けたいと思うものの傾向が見えてくる。たとえば、ツイッターで報告したくなるもの。自身をレンタルすると同時に、新しい自分が発見できる楽しみを感じているように、読者には思える。ちなみに、「絶対誰にも言わないでくれ」という条件つきの依頼ほどおもしろく、これをフォロワーと共有できないことを、軽い生き地獄のように氏は感じている。

 本書に数多く収録された依頼と出来事を読むと、「レンタルなんもしない人」なのに、「なんかしている人」のように思える場面も多々あり、フォロワーからも「なんかするんですね」といわれることがあるが、氏は「『なんもしない』は主観的なもの」「俺の『なんもしない』は俺が決める」と答えている。

 氏は巻末で、人から見ると「なんかしてる」ことでも、自分としては呼吸をするのと同じようなテンションでできる「なんもしていない」ことであれば、ストレスを感じず、おそらく一生やり続けられる、と述べている。そして、「なんもしない」ことを布教するわけではないが、「なんもしない」ことをやり続けることを勧めている。

 もしかしたら、あなたの「なんもしない」レベルのことは、これからの日本では新しい仕事として価値をもつ可能性がある。本書の記録は、新しい仕事を生み出す助けになるかもしれない。

文=ルートつつみ