あなたはどの偉人と温泉に入りたい? 偉人たちの温泉スキルを徹底採点

生活

2019/5/13

 新婚旅行に慰安旅行、湯治目的から単なる暇潰しまで…。日本人にとって温泉とは身近でありながら奥が深い場所である。だからこそ、多くのフィクションや紀行文が温泉を題材にしてきた。また、歴史的な要人の中にも温泉を愛した人は少なくない。ならば、こういう考え方はできないか? 偉人たちと温泉の関わり方を調べれば日本人の「温泉観」も見えてくる、と。

『偉人たちの温泉通信簿』(上永哲矢/秀和システム)は「サンキュー(39)偉人」という意味を込めて、39人の偉人の「温泉スキル」を採点していく画期的な本である。偉人たちのスキルは「温泉好き度」「一緒に入りたい度」「温泉への貢献度」「温泉開拓度」の4項目によって評価されていく。そして、分析の後で偉人に縁のある温泉の紹介もされている。歴史エッセイとしても、温泉ガイドとしても楽しめる内容だ。

 本書で最古となる偉人は、ルシウス・モデストゥス。マンガ『テルマエ・ロマエ』の主人公として有名な、古代ローマの浴場設計技士である。もちろん架空の人物ではあるのだが、日本中に温泉の素晴らしさを広めた功績は無視できない。仕事への真面目さ、温泉愛が高く評価されて、外国人枠では最高の85点がつけられた。

 日本人は、俳人や小説家が高得点を記録しているのが印象的。明治から大正にかけて活躍した文豪の田山花袋には97点がつけられている。生前、数冊の温泉紀行文を発表し、尋常ではない情熱を傾けていたことへの敬意からだ。花袋の著書『温泉めぐり』によると、熊野古道を通って本宮を目指す旅に出たことがある。道に迷い、疲労困憊になったが、4~5キロ先に温泉があると聞くと、雨の中を徒歩で突き進んでいったという。そのほか、作品にも温泉地ののどかな光景を反映してきた小林一茶、若山牧水などが90点台を獲得している。

 関係性の深い偉人同士の温泉スキルを比べてみるのも面白い。戦国時代の3英傑、徳川家康、豊臣秀吉、織田信長の温泉観はあまりにも対照的だ。熱海温泉を盛り上げ、温泉のお湯を運ぶ「御汲湯(おくみゆ)」の伝統を始めた徳川家康は75点。有馬温泉を愛し、地震被害を受けた際には改修工事まで行った豊臣秀吉には93点がつけられた。一方、織田信長は本書でワーストとなる32点。生涯を通じて温泉を愛した形跡がなく、湯治で飛騨を訪れたことがあるという資料しか見つからなかったためだ。なんとなく、3英傑の性格の違いが見てとれるようではないか。

 温泉は、偉人の人間らしい一面も浮き彫りにする。幕末の志士、坂本龍馬は妻おりょうと湯治の旅に出たことから、「日本で初めて新婚旅行をした人物」と呼ばれている(諸説あり)。ただ、龍馬に温泉の素晴らしさを伝えたのは、西郷隆盛ら周囲の人間だったという。このあたりに龍馬の人間関係が垣間見える。また、おりょうとの旅行では龍馬が尻にしかれっぱなしだったとの記録もあり、時代の寵児も妻にはかなわなかったようだ。温泉は心から穏やかに過ごせる場所であるがゆえに、肩書きや立場を外した、その人の本質がもれ出すのだろう。

 それにしても本書を読んでいると、偉人と温泉を結びつけるエピソードの多さに驚かされる。温泉とまったく縁のない偉人を探すほうが難しいくらい、参考資料には事欠かないのだ。積極的に温泉を広めた人から、付き合いで足を運んでいただけの人まで、関わり方はさまざまではあるが、温泉が日本人にとって不可欠な存在であることを読者のほとんどが実感できるだろう。なお、最高となる98点を叩き出したのは、一般的には意外な人物だった。田山花袋や豊臣秀吉よりも温泉スキルが上と評価されたのは誰か? ぜひとも読者自身で確かめてみてほしい。

文=石塚就一