死んだ妻を取り戻すためタイムリープした過去で、やり直すたびに妻の記憶が失われていく…『何度でも、紙飛行機がとどくまで』

文芸・カルチャー

2019/6/3

『何度でも、紙飛行機がとどくまで』(大城 密/KADOKAWA)

 運転していた車が事故に遭い、妻とお腹の子どもが死んでしまったら。その後、気づけば妻と出会う前に引き戻され、やり直す機会を与えられたとしたら。誰だって未来を変えようとあがくだろう。だがやり直すうちに、妻のことを忘れてしまったとしたら? 存在は覚えている。でも、記憶も実感もない。そんなうすぼんやりとした“誰か”と再び恋をして、同じ未来を手に入れたいと強く願えるだろうか。

 進気鋭の小説家・大城密によるWEB発『何度でも、紙飛行機がとどくまで』(大城 密/KADOKAWA)がタイムリープものとして新鮮だったのは、この「忘れる」という代償が設定されていたからだ。

 27歳の明良がタイムリープした先は高校時代。妻の千花と出会う十日前だった。だが、どうやら出会うはずの5月28日より前に接触してしまうと、ゲームオーバー。もう一度十日前に引き戻されてしまうらしい。「私のことを見つけようとしないで。絶対にあの日で待っているから」――自分と同様リープしている千花の言葉を信じて、その日を待つ明良だが、暴行未遂にあった同級生を助けようとしたり、サッカー部に残したある悔いを解消しようとしたりと奔走した結果、何度も失敗してしまう。2人の出会いを結ぶはずの紙飛行機も正しく作用しない。そうして、やがて気づくのだ。何度も同じ時間をループするうち、千花に関する記憶が少しずつ薄れていることに。さらに過去を変えてしまったことで時空が歪み、千花の存在そのものが変容し、過去をなぞるだけでは出会えなくなってしまっていることに。

 やがて千花の顔も名前も忘れてしまった明良が、彼女を追う理由は「妻として愛していた」というぼんやりした記憶だけだ。かわりに、何度ループしても自分に協力してくれる宇崎と静子という、本来なら友人ではなかったはずの2人に救われ、その存在が確かなものになっていく。静子が自分を好きだったと知り、心が動いたとしても誰も責められないだろう。そして千花もまた明良のことを忘れ、何度ループしてもそばにいてくれる有喜斗に心惹かれていく。

 運命の人は、出会った瞬間ではなく、積み重ねられた時間でつくられる。明良と千花にとって、静子と有喜斗は新しい未来の可能性だった。互いのことをすっかり忘れてしまえば、そのまま2人が新たな運命の人となり、別の幸せを手に入れられる。事故もきっと防げるだろう。けれどじゃあ、生まれるはずだった赤ん坊は? 2人が紡いできた、これから紡ぐはずだった時間はどこへいってしまうのだろう?

「忘れる」という代償のおかげで生まれる、さまざまな「if」。選べるのはひとつだけで、ほかはすべて消えてしまう。たとえ消える未来のなかに、誰かの狂おしいほど切実な願いが潜んでいるとわかっていても、2人は選ばなきゃいけない――。

 2人のくだした決断は、痛みと切なさに満ちている。けれど、だからこそ選んだ未来が尊くも感じられるラストだった。

文=立花もも