子猫を通して37歳の年の差夫婦が見つけた「愛の形」とは? 猫と不器用な恋人たちのラブオムニバス

マンガ

更新日:2019/6/13

『猫恋人 キミにまたたび あのコに小判』(イシデ電/KADOKAWA)

 猫と人の触れ合いを描いた漫画は、癒しと明日への活力を与えてくれる。作品に描かれている無邪気な猫の姿に、人は生きるパワーを見出す。だが、『猫恋人 キミにまたたび あのコに小判』(イシデ電/KADOKAWA)は一般的な猫漫画とは少し異なる。本作は猫よりも、猫を介した人間同士の恋模様にスポットが当てられており、生きている中で私たちが抱いてしまうグレーな感情が巧みに描かれている。そのため、私たちは自分の生き方について考えさせられてしまうのだ。

 人間同士は、意地やプライドが邪魔をして傍にいる相手と上手く関係を紡げなくなる時がある。だが、その間に“猫”という動物が入り込むと、素の心が伝えられたり、大切な相手を慈しんだりできるようになることも多い。猫という小さな生き物には、人と人とを結び付ける力や本音を吐き出させる魔力があるのだ。

 本作に登場する人々はみな、くせが強い。猫好きな男の子を好きになってしまった猫アレルギーな女の子や、死んだ愛猫の面影を追い求め男を漁りまくる女など、ちょっとした悩みや問題を抱えた人物ばかりだ。しかし、彼らが抱えている“人には言えないグレーな気持ち”に読者は共感し、自分の心の声に耳を傾けたくもなる。

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 猫を介して紡がれる人々の絆や愛には、オンリーワンな物語がある。番外編を含めた全8編のショートストーリーは、あなたの心を温めてくれるはずだ。

■37歳の年の差夫婦が見つけた「愛の形」とは?

 収録されているショートストーリーの中でも特に心打たれたのが、59歳の夫・部長さんと22歳の妻・ねぐせの愛を描いた「猫糞(ねこばば)」。主人公の部長さんは大腸に腫瘍ができ、手術をすることに…。それを機に、自分と妻には37歳もの年の差があるという事実を改めて噛みしめるようになり、自分の未来を憂い始める。

 そんな時、耳に飛び込んできたのがゴミ収集所に捨てられていた子猫の話。猫を飼いたがる妻とは対照的に、部長さんは老後の不安から猫の飼育を反対。猫を介した2人のやり取りからは、「若さ」という武器の強さが伝わってくる。

 しかし、子猫の飼育を通して自分の心と向き合うようになった部長さんは、自分と妻に残された時間を比較してひがんでいた心があったことに気づき、自らの将来を嘆くことを止め、自分が亡き後の妻の未来を第一に考えるようになれた。大の男がゆっくりと零す人生の弱音は、同じ世代の方の心を濡らす。

 そして、そんな59歳の弱気な愛に妻のねぐせが返した言葉にも、読者は涙させられてしまうはずだ。

 私たちはいつの間にか、誰かが傍に寄り添ってくれることが当たり前だと思ってはいないだろうか。誰かの温もりがあることを当たり前に思い始めると、身近にいる人の大切さに気づけなくなったり、自分のことで手一杯になってしまったりする。だが、傍に誰かの温もりや心があるということは決して当たり前なことではなく、この上ない幸福だと言える。

 本作は誰かの中で、部長さんが人生観を変えるきっかけとなった猫のような存在になるはず。愛の形が分からなくなってしまった時にこそ、ページを開いてみてほしい。

「私は大切な人に想いを伝えられているだろうか…」。作中に溢れている人々の繋がりや本音に触れると、思わずそう考えさせられてしまう。猫と人と恋愛が絡み合ったショートストーリーの数々は、人生の岐路に立たされた時にも染み入るだろう。

文=古川諭香