綿矢りさ、新刊のテーマは“女性同士の恋愛”! 圧倒的な新境地『生のみ生のままで』

文芸・カルチャー

2019/6/27

『生のみ生のままで』(上・下)(綿矢りさ/集英社)

 友達と恋人の違いとはなにか。気の置けない友人との食事の席で、ときどきテーマとなるネタだ。会う頻度だろうか、キスをするかどうかだろうか。大きな違いは、セックスではないか。いや、でもセックスは、恋人とでなくてもできる。ではいったい、友達と恋人を分けるものとは、なんなのか。

 おそらく恋に落ちたとき、人はそんなことを考えてはいられない。

生(き)のままの酒を口移しで無理やり飲まされて、気づけば自分から飲み干しにいっているような。天然の酩酊が視界を熱く歪ませて呼吸を弾ませる。段々とベッドの上で起きていること以外すべてがどうでも良くなってゆく。

 どこからが恋人かなんてどうでもいい、ただ互いに相手を求め、触れ合った部分から溶けてゆく。その情動こそが恋なのだと思わせる、圧倒的な恋愛小説が誕生した。『生のみ生のままで』(上・下)(綿矢りさ/集英社)だ。

 25歳の夏。逢衣(あい)は、結婚も視野に入れて交際している恋人と出かけたリゾートで、彼の幼馴染とその彼女・彩夏(さいか)に出会う。

 芸能活動をしているという彩夏の容姿は、逢衣が今まで会った誰よりも整っていた。大きな猫目にふさふさのまつ毛、さくらんぼ色の形の良い唇。可憐な顔立ちをしているのに、野心的な眼光からは隠しきれない闘志が垣間見える。

 だが、初対面での彩夏の印象は最悪だった。サングラスを外しもせず、不遜な態度で逢衣のことをじろじろと眺め回す。彼女は、美人に多いお姫様体質なのかもしれない──そんな逢衣の予想は、ある意味で裏切られた。2組のカップルで海に遊びに行った帰り道、雨が降りだした山道で、乗ってきた車のタイヤが泥濘にはまってしまったときのことだ。

 助けを呼んでくるという男性2人を見送り、逢衣と彩夏は車のそばで待つことにした。豪雨の中、雷鳴が近づいてくる。尋常でなく怯える彩夏は、祖父を落雷で亡くしたと言い、濡れたハイヒールやデニムを脱ぎ捨てて逢衣にすがりつく。観念した逢衣も、ジッパーのついたスカートを脱ぎ、下着姿で震える彩夏を抱きしめる。

「私、ずっと思ってたの。おじいちゃんが亡くなったあと、次に雷に打たれるのは私なんじゃないかって。本当は、雷に打たれるべきなのは私なんだよ」
「じゃあすごい近くで稲妻が光ったら、一緒に飛ぼう。地面に足がついてなければ感電しないでしょ」

 目が眩むほどの稲妻が光り、逢衣と彩夏はジャンプした。往年の名作中の、青年が乙女のもとへと火を飛び越える場面を彷彿とさせるシーンだ。キスをすれば、セックスをすれば、恋人同士になるかといえば、そうではない。しかし、恋に落ちた瞬間というものはたしかにあるのかもしれない。逢衣と彩夏は、抱き合ってともに飛んだ。その身を焦がし滅ぼしかねない、恋という名の熱情の中へと。

 女性同士の恋愛には、肉体の凹凸によらない対等さがある。それは同時に、本人たちがよほど強く求め合っていなければ、つながっているという実感を持ちにくいということでもある。本能や常識といった“雑味”を含まない恋情は、「人が人を好きになる」という要素だけを抽出した、これ以上なく純粋なものだ。万人に理解されるものではないとしても、ごまかしのきかない強さがある。

 恋人同士の肉体だけでなく、魂がぶつかり合うさまを鮮烈に描き出した本作。逢衣と彩夏の出会いを描く上巻と、彼女たちがいかに生きるかを模索してゆく下巻の2冊で、いよいよ深みを増す綿矢りさ氏の新境地を存分に堪能してほしい。

文=三田ゆき