「介護殺人」仲睦まじいおしどり夫婦を悲劇に追いつめた犯人を探る

社会

公開日:2019/7/4

『介護殺人 追いつめられた家族の告白』(毎日新聞大阪社会部取材班/新潮社)

 日本では高齢化が加速し、介護を必要とする人の数は想像以上の速さで急増している。医療の進歩で長生きできるようになり、介護期間が以前よりも延びていることも関係しているだろう。

 そんな時代の変化を背景に、介護疲れによる殺人や心中のニュースが後を絶たない。同じ屋根の下でともに暮らしてきた家族を自らの手で殺めなければならなかった人の心は、容易には計り知れない。『介護殺人 追いつめられた家族の告白』(毎日新聞大阪社会部取材班/新潮社)には、悲鳴にも似た関係者たちの声が収められている。

 大好きだった家族の命を奪おうと思いつめるに至った無念さは、当事者にしか分からないのかもしれない。だが、その悲痛な叫びや、声をあげられなかった苦しみを知ることで、この先守ることができる命や未来もあるだろう。高齢化が進む今こそ、私たちは介護問題について「自分軸」で考えなければならない。

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■「殺してごめん」おしどり夫婦が陥った在宅介護の現実

 介護殺人は特殊ではなく、どんな家庭にも起こり得ること。本書に登場する当事者たちの声に耳を傾けるとそう思えてならない。中でも、木村茂さん(仮名・75歳)のエピソードは涙なしに読み進められない。

 茂さんと妻・幸子さん(71歳)は、仲睦まじいおしどり夫婦。仕事に明け暮れる自分に代わって子どもを立派に育てあげてくれた幸子さんを喜ばせたい。そう思った茂さんは定年後、退職金をつぎ込み車を購入。2人で色々なところに旅行へ出かけた。

 茂さんは定年後に人生で初めて持った携帯電話の待ち受けにも幸子さんの写真を設定するほどの愛妻家。残りの生涯を愛する人と大切に踏みしめていこうと考えていた。

 しかし、退職して10年あまりが過ぎた頃、幸子さんはおかしな行動を見せ始めるようになり、その2年後にはバイク転倒でけがを負う。身の回りのことをすべて茂さんが行うようになってから幸子さんの言動はより悪化していった。悩んだ茂さんは幸子さんを病院に連れていくと、医師から「パーキンソン病と認知症を患っている」と告げられた。

 それを機に茂さんは新聞配達の仕事を辞め、幸子さんの介護に専念。しかし、認知症が進行するにつれ、変わっていってしまう妻の姿に苦しんだ。今までは考えられなかった暴言を愛妻から浴びせられる日々。不眠の改善にと始めた毎夜のドライブ。それが、じわじわと茂さんに暗い影を落としていった。

 介護施設に頼ることも考えたが、施設から返ってくるのは「空きがない」という連絡ばかり。奇跡的に空いていても、夜になると大声で騒ぐ幸子さんの症状を説明すると、どの施設もよい顔をしてはくれなかった。心と体に限界を感じた茂さんは、ついに妻の首を絞め、自分も自殺を図ったのだ――。

 介護殺人の哀しさは、罪を犯した当事者が命を奪った相手を忘れられず、愛し続けているところにある。茂さんも幸子さんのことを今でもなお愛している。それは、収容後に拘置所の中で書きつづっていた日記からも見て取れる。

〈12月4日〉
―あなたを殺したくて殺したわけではないの。あなたを愛して愛してたのに、あの日はなぜかマイナス思考になっていた。あなたを介護したい自分がおる事。自分がしたいが思うようにできない事などがあって、殺して自分も死のうと思って。自分だけが生き残ってごめん。

 殺人は許されない犯罪だ。だが、介護殺人には言葉で括ることができないやるせなさがある。毎日の介護で限界になるまで自分を追いつめてしまった介護者が「ラクになれる瞬間」を求めた罪という一面だけで片づけてはいけない。

 介護殺人には、被害者しかいないのだ。家族の絆や愛が悲劇に変わってしまう裏には、当事者たちにしか知り得ない在宅介護の辛さもある。私たちは、この先どんな介護を選択していけば、最愛の人を穏やかに看取ることができるのだろうか。

文=古川諭香