夫の死に数日気づかず、悲しまなかったら大バッシング! 75歳・元女優を描いた直木賞候補作『マジカルグランマ』

文芸・カルチャー

2019/7/14

『マジカルグランマ』(柚木麻子/朝日新聞出版)

 マジカルグランマ、と聞いてどんなおばあちゃんを想像するだろう。つやつやした白髪に、上品で知的な横顔? あるいはほんわかした微笑みをたたえ、なんでも受け止めてくれる包容力? そんな想像をした人は、すでに「思い込み」と「偏見」の罠に落ちている。柚木麻子さんの小説『マジカルグランマ』(朝日新聞出版)を今すぐ読んだほうがいい。

 直木賞にもノミネートされた同作の主人公・正子は75歳。映画監督の夫と敷地内別居を続ける、元女優だ。自立のため、女優業に再び復帰すると決めたとき、助けになってくれたのが80歳を過ぎたベテラン女優・紀子だ。この、正子に的確なアドバイスをする紀子の冒頭の描写に、すでに著者から仕掛けられた罠がある。「なるほど、年齢なんてものともせず、今なお輝き続ける姉御肌の彼女が、正子を導く“マジカルグランマ”なのか」と、つい思ってしまうからだ。ちがう。マジカルグランマとは、たとえば『風と共に去りぬ』で、乳母である黒人のマミーが、主人公であり白人のスカーレットを見守る理想的な存在として描かれたように、こうあるべきという理想でかためられたおばあちゃんのことだ。美しい白髪を育てあげ、機械にはうといふりをして、若い子のとなりでにこにこ微笑む、そんな世間の思い描く理想を背負って遅咲きのブレイクを果たした正子が、自分がマジカルグランマだったことに気づくのは、世間の理想を裏切り、人気が地に落ちてしまったあとだった。

 LINEでしかやりとりしない夫の死に1週間近くも気づかなくて、なおかつ悲しむ様子もない姿で世間のバッシングを浴びた正子だが、彼女に求められていたマジカルは、グランマとしてだけではない。貞淑な妻であり、家族をいちばんに思う母。それもまた彼女に押しつけられた理想像だ。だが実際は、ちがう。控えめで自信がなさそうに生きてきた彼女は、実は誰より、承認欲求が強くてわがままだ。他人の評価を気にしすぎるあまり、みずから無自覚にマジカルの皮をかぶっていただけで、開き直ってしまえば、彼女に怖いものなどない。そのことを、若き同居人・杏奈との共同生活で気づいていく。

 この杏奈が、借金を抱えた夫の遺した唯一“正”なるものだ。地元がいやで、特別な人間になりたくて、心酔する映画監督(正子の夫だ)が死んだと知って、役に立ちたいと押し掛けてくる。彼女もまた、思い描いていた理想とちがう正子に最初は反発するのだが、異なる世代のかけ離れた価値観をぶつけあわせながら、互いに少しずつ世界を開いていく。

 マジカルのすべてが、悪ではない。マミーが“マジカルニグロ”と気づいたからと言って、正子にとって『風と共に去りぬ』が大好きな作品であることには変わりない。マジカルグランマとして生きた彼女の道筋が否定されるわけでもない。だが、自覚して利用するのと、無自覚に差別し、誰かを苦しめるのとでは大ちがいなのだと、本書を読んでいて思う。

 自分にも他人にも、理想を押しつけ生きている自分にはっとさせられながら、殻を破って羽ばたいていく正子に勇気をもらえる。痛快なエンターテインメント作品である。

文=立花もも