無名のまま死んだ陶芸家の父は、偉大なるリーチ先生の弟子だった――日本とイギリスの懸け橋となった若者たちの物語
公開日:2019/7/27
“売れる”ことは正義か否か、という論争がいつの世もある。たとえば、本。おもしろければ売れるはずだ。たくさんの人に支持されてこそ、その価値は裏づけられる。そう主張する人も、間違いではないと思う。けれど、たとえば宮沢賢治やゴッホはどうだろうか。どちらも生前は無名だった。評価されるようになったのは、無名のうちから、彼らの作品を根強く「好い」と主張する人たちがいたからだ。実在したイギリス人陶芸家バーナード・リーチを軸に描かれる小説『リーチ先生』(原田マハ/集英社文庫)は、そんな、己の「好い」を信じて貫き続けた人たちの物語である。
1954年の春、バーナード・リーチは古い友人である柳宗悦の強い勧めで、大分県・小鹿田(おんた)の窯を見るべくやってきた。柳とはもちろん「民藝運動」を起こした人物であり(この運動の何たるかは作中でも語られる)、柳宗理の父である。小鹿田焼が世に知れ渡ることになるのは、この柳とリーチのおかげなのだが、物語はリーチの世話役を任された若い青年・高市の目線から始まる。
生まれたときから焼き物に囲まれていた高市にとって、陶芸の道をめざすのはあたりまえのことだったのだが、リーチをはじめ先生と呼ばれる人たちがそれほどまでに「好い」というなら、自分には気づかない素晴らしさがあるのかもしれない、とはじめて、自覚的に陶芸に興味をもつ。
師匠が窯に触らせてくれず、畑作業しかやらせてくれない不満も、リーチ先生に「歴史と暮らしを知ることも陶芸の土台だ」と言われてはじめて和らいだ。「本気で新しい何かを創り出そうと思ったら、誰かがやってきたことを、全部、超えるくらいの気持ちが必要だと思います」。陶芸のイロハではなく、ひとつの道をきわめるための心構えを教えてくれるリーチ先生に惹かれ、はじめて「自分も生きた器を作りたい」と願うようになる。そして知るのだ。里に暮らすありふれた陶芸家だった亡き父・亀乃介が、かつてリーチ先生の弟子だったこと。リーチ先生もまた、かつては父と同じように、無名の人だったことを。
柳宗悦だけでなく、河井寛次郎や高村光太郎、武者小路実篤に志賀直哉と、民藝に興味はなくとも名前を聞いたことのある芸術家たちが多数登場する、亀乃介の過去。今なお名を残す人たちに囲まれて、リーチについてイギリスにまで渡った彼が、なぜ誰にも知られず、日本の片田舎で没することに至ったのか。無名であった彼の人生は、意味のないものだったのか。――そうではない、ということはすでにプロローグで書かれている。<「有名」だからいい、というわけじゃない。むしろ「無名」であることに誇りを持ちなさい>と河井寛次郎は言う。
だがこの言葉が真に沁みるのは、“陶芸という冒険”を描ききった本作を読み終えたあと。亀乃介の人生を、高市と一緒にたどったあとだ。<好いものは、好いのです。理屈はいりません>というリーチ先生の言葉もまた、きっと改めて、強い輝きを放つだろう。
文=立花もも
この記事で紹介した書籍ほか

リーチ先生 (集英社文庫)
- 著:
- 原田 マハ
- 出版社:
- 集英社
- 発売日:
- 2019/06/21
- ISBN:
- 9784087458855
レビューカテゴリーの最新記事
今月のダ・ヴィンチ
ダ・ヴィンチ 2021年5月号 凪良ゆう、カケル/中村倫也のクリエイティブ/『名探偵コナン』
特集1 いま、小説と出会い直す読書体験。 凪良ゆう、カケル/特集2 書籍『THEやんごとなき雑談』を発表! ますます彼の、虜になる。 中村倫也のクリエイティブ 他...
2021年4月6日発売 定価 700円
出版社・ストアのオススメ
白泉社
アニメ化も決定! 生と死の狭間で戦う拳闘士たちを描く『拳奴死闘伝セスタス』10巻に胸を熱くするファン続出「一人ひとりのエピソードが秀逸で毎回泣かされる…」
主婦の友社
ミニマリストでなくても「自分らしく、心地いい」ひとり暮らしをしたいなら
双葉社
身ごもった命を別の男の子として育てる…“共謀”から始まった夫婦の絆は「書くこと」。明治期の文壇を舞台に、手の届かないものを追い続けた2人の物語
文藝春秋
“僕らは使命がないと存在する意味がない”――池辺葵が描く、人とAIが共存する日常/私にできるすべてのこと③
ポプラ社
1杯のコーヒーを飲めばSDGsに貢献できる? わかりやすい! 17の緊急課題をコーヒーに置き換えて解説した本
楽天Kobo
楽天Kobo年間総合ランキングが発表! 1位は社会現象にもなっているアノ作品