『ルパン三世』『クレしん』を生んだ、“日本初の週刊青年漫画誌”誕生の物語が完結! 「漫画は文学」先人たちの志は永遠に受け継がれる

マンガ・アニメ

2019/7/28

『ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~』(吉本浩二/双葉社)

 令和の時代、日本の漫画は世界も認める「文化」である。しかし遡ってみると、昭和の時代での漫画は文化どころか「低俗な娯楽」でしかなかった。それが文化にまでなり得たのは、ひとえに漫画を文化たらしめようと奮闘した、先人たちの努力があったからだ。『ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~』(吉本浩二/双葉社)は、漫画雑誌の新たな可能性を切り拓こうとした編集者と漫画家たちの、汗と涙を記したドキュメンタリー作品だ。いよいよ完結を迎えるその最新巻では、ようやく態勢の整った編集部が『漫画アクション』を誕生させる過程を、ドラマティックに追っている。

 双葉社で漫画雑誌の編集長を務めていた「清水文人」は、旧態依然とした漫画や、その編集に携わっている自分に苛立ちを覚えていた。そんなとき、偶然目にした1冊の同人誌が彼の運命を変える。同人誌の表紙を描いたのは「加藤一彦」、のちの「モンキー・パンチ」であった。加藤の絵の新しさに惹かれた文人は、加藤を雑誌の連載陣に抜擢し、彼に「モンキー・パンチ」の名を与える。そしてモンキーを中心とした新雑誌を誕生させるため、新たな編集部を立ち上げ、編集者を集めるのだった。

 清水文人編集長を含めた7人の編集者たちは、新雑誌『漫画アクション』の創刊に向けて奔走した。しかし新雑誌は「週刊」であり、現場はまさに修羅場状態。編集部員たちは不眠不休でそれぞれの作業をこなし、文人がモンキーに漫画の依頼を忘れるというまさかのハプニングもあったが、『漫画アクション』は1967年7月25日、ついに創刊号が発売される。モンキー・パンチやバロン吉元、水木しげるに石森章太郎ら作家陣を揃えたこの雑誌は好評をもって迎えられ、見事に完売を果たすのだった。

 週刊『漫画アクション』の売れ行きは好調だったが、それで安穏としていられる業界ではなかった。大手出版社によるライバル誌の創刊が相次ぎ、その豪華な作家陣を前に文人は焦りを覚える。それでも「自分の直感を信じるしかない」と自らを鼓舞。『子連れ狼』や『柔侠伝』などの連載作品を次々とヒットさせ、『漫画アクション』は青年漫画誌として初めて発行部数100万部を突破したのである。

 文人は常々「漫画で文学する」と語っている。そしてその信念は多くの人々に受け継がれ、今や漫画は文学と同等の価値を持つ「文化」として認められたのだ。「この会社しか入れなかった」「漫画の編集などやりたくなかった」「絵を否定された」──そんな「ルーザー」たちが集まって作られた『漫画アクション』。時代が変わり、偉大な先人たちがこの世を去っても、その志を受け継ぐ者たちがいる限り「漫画は文学」であり続けるだろう。

文=木谷誠