「もう頑張れない」と思ったあなたにココアのように沁みる。全12色の煌めく連作小説

文芸・カルチャー

2019/8/6

『木曜日にはココアを』(青山美智子/宝島社)

 私はいつも何のために、あるいは誰のために毎日頑張っているんだろう…。長い人生や日常の中で、そう思い悩み、立ち止まってしまうことは誰にだってある。努力していても報われるとは限らないかもしれない。時には現実に疲れて絶望してしまうこともあるだろう。けれど、そんな“不器用な生き方”を送っていても、あなた自身が知らないうちに、誰かの希望や支えになれていることもあるかもしれない。

『木曜日にはココアを』(青山美智子/宝島社)は、頑張り続けて、でも疲れ果ててしまったという人に、日々を生き抜くエネルギーをもう一度与えてくれる作品だ。本作は刊行されて以来多くの人々から支持され続けてきた人気作であり、満を持して手に入れやすい文庫として発刊された。

■12色のテーマカラーで紡がれる「何気ない」日常の繋がり

 連作の舞台となるのは、静かな住宅街の隅に存在しているという小さな喫茶店「マーブル・カフェ」。1杯のココアから始まる全12編のエピソードには、登場人物たちの日常で起きた“小さな出来事”が描かれている。

 毎週木曜日に決まって同じ席でココアを注文し、エアメールを書くひとりの女性客を気にかけるマーブル・カフェの店長の片恋話。また、家事が苦手なキャリアウーマンが、主夫である夫の代わりに息子のお弁当作りに悪戦苦闘する奮闘話。厳しいお局先生がいる幼稚園で悩みながら働く、新米教諭の本音…。

 本作に収録されている登場人物たちの日常や苦悩は、第三者からしてみれば、さして記憶に残らず、翌日には忘れてしまう程度のものかもしれない。しかし、当事者たちはそこで立ち止まり、迷いながら、小さな出来事を通して自身の人生や価値観を見つめ直す。その姿は、不器用な生き方をしている私たちによく似ている。

 読者は、不器用ながらも周囲の人々と心の交流を重ね、日常を生き抜いていく登場人物たちに自分を重ね合わせて眺めてしまう。曲がりくねった道を懸命に歩もうとする12人の何気ない言動に触れることで、読み手自身の日頃の頑張りも報われたような気持ちになるのだ。

 本書の連作には各章に「テーマ色」が振られているのも、ユニークな点。ブルーの章ではブルーのショーツ、イエローの章では卵焼き、ブラウンの章ではココアなど、作中ではテーマ色にまつわるアイテムがそれぞれ登場し、物語のカギを握る。

 たとえばブルーの章では、不倫期間を経てめでたく結婚をすることになった親友の報告を、なかなか素直に喜べない学級委員気質の“私”が語り手。「そういえば、学生時代のマラソン大会で一緒に走ろうねと言っていたのに、終盤で急に置いていかれて…」と苦々しく思い出しながら、親友のことを祝福できない自分自身のいじけた姿に気づく。急に我に返って新婦を祝福する何か青いもの(サムシング・ブルー)のプレゼントとして手に取るのが、シンプルだけども最高に上質なロイヤルブルーの下着なのだ。

 温かい涙を呼び起こす12粒の小さな出来事は、まるでネックレスのように繋がり合い、最後にはひとりの命を救うことになる…。人は知らないうちに誰かを救い、誰かに救われながら生きているのかもしれない。本作を読み終えた後には素直にそう感じ、明日への活力が湧いてくるから不思議だ。

 人生を振り返ると、晴れの日よりも、雨や曇りの日のほうが多いように思えるときもある。頑張っているのにうまく笑えないという日もあるだろう。しかし、私たちはこの物語のように、人と繋がり合うことで、自分や周囲の人の心に青空を与えることもできる。なにげない日常に散らばっている小さな幸せの粒に気づくことができたら、今は悩み続けている自分の人生も「うん、悪くないかも」と思えるだろう。

文=古川諭香