左遷で単身赴任後、ヤクザに追い込まれ…ムロツヨシ×古田新太『Iターン』が現代人のストレスを吹っ飛ばす!

文芸・カルチャー

公開日:2019/8/16

『Iターン』(福澤徹三/文藝春秋)

 金曜日の深夜、てっぺん回った頃というのは、多くのサラリーマン諸氏にとって最もリラックスするひと時なのではないだろうか。そんな時間にオンエアされるテレビ東京系ドラマ24では、現在ムロツヨシ×古田新太の『Iターン』を絶賛放送中だ。このドラマ、主役はムロ演じる「しがないサラリーマン」というのが面白い。しかもモテるわけでも仕事で大活躍するわけでもなく、ひたすらリストラ恐怖と借金、そして古田と田中圭演じるヤクザに追い込まれるというどん底状態のサラリーマンなのだ。

 原作はホラーからアウトロー小説、警察小説まで幅広く手がける福澤徹三の人気小説『Iターン』(文藝春秋)。現在、パート2まで刊行されている異色の「リーマン・ノワール」だ。

 九州のQ市に支店長として単身赴任した中堅広告代理店の冴えない営業マン・狛江(47)。支店長とは名ばかりで、着任先は事務と営業が2名だけいる弱小支店。メインの顧客はパチンコや風俗など中小企業、外注先の印刷会社もしがない町工場。諸々どん詰まりの状況なのに、本社にいる上司からは「営業成績を上げなければ支店ごとリストラする」と毎日プレッシャーをかけられていた。イライラを募らせながらもなんとか奮闘する狛江だったが、ある日、チラシの印刷ミスがヤクザ絡みの大トラブルに発展し、サラ金を駆けずり回って工面しても足らないほどの大借金を背負ってしまう。さらに金を返せと脅してくるヤクザの舎弟にさせられた狛江は、親分となった岩切からの鉄拳を受けまくる。殴られて腫れた顔を不審がる部下に「転んだ」とウソをついてヤクザとの関係を隠し、それでもリストラを恐れて会社に通い続ける狛江。不条理続きのダイ・ハードな日常に、一体狛江はどうなってしまうのか?

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 ヤクザよりリストラで路頭に迷う恐怖の方がリアルに怖いというサラリーマンな感性といい、妻に怯えたり、ちょっと気が大きくなると余計な行動に出たり、怒りの衝動を弱い立場に向けたりする浅はかさといい、何かとセコい狛江の姿は滑稽だが、その社畜っぷりに親近感もあってどうも笑うに笑えない。さらに問答無用の武闘派ヤクザの容赦ない暴力にやられっぱなしとあっては、さすがに気の毒にもなってくる。

 が、後半、あまりの不条理に逆にふてぶてしくなった狛江は、岩切と丁々発止でやりとりし、開き直りにも近い活躍を繰り広げる。相変わらず小心者でも行動はやけに大胆で、そのギャップがとにかく痛快。思わずグイグイ引き込まれ最後はスカッとして気持ちいい。

 都会から地方への一方通行の移住をIターンと呼ぶけれど、身体に染み付いた社畜精神から解き放たれ、本来のI(=自分)に戻るのもまさに「Iターン」。6月に登場したばかりのパート2では、そんなIターンしたはずの狛江が東京に戻って社畜に逆戻りし、今度はあからさまなリストラ部屋送りになってしまう。再び狛江はIターンできるのか? 狛江には悪いが、彼が窮地に立たされれば立たされるほど面白くなるのも、終わりはスカッと爽やかなのもお約束。仕事のストレスを吹っ飛ばしてくれるに違いない。

文=荒井理恵