なぜ日本人は1000年以上、大好きなラーメンを敬遠し続けたのか?

社会

2019/8/18

『ラーメンの誕生』(岡田哲/筑摩書房)

 ラーメンは日本の国民食だ。仕事の帰りに、居酒屋のしめに、ご当地ラーメン巡りに、様々なシーンで愛されている。全国各地の人気ラーメン店では、たった一杯のために大勢が列を作る。麺とスープと具材で構成されるジャンキーなこの料理は、日本になくてはならない存在だ。

 ところが、これだけ日本人に愛されるラーメンにはいささかの疑問が存在する。たとえばラーメンの元となった、6世紀前半の中国で創作された麺の打ち方や食べ方は、奈良時代から平安時代の間に、日本に伝来している。しかしそれが日本独自の「ラーメン」として生まれ変わり、徐々に消費され始めたのは、1000年以上も経過した明治時代のことだ。なぜ今の時代にこれだけ愛されるラーメンが、1000年以上もの間、日本人に敬遠され続けたのか?

 ラーメンの不思議な歴史を追うべく食文化史研究家の岡田哲さんは『ラーメンの誕生』(岡田哲/筑摩書房)を書き上げた。その詳細さは麺をすするときよりも舌を巻き、「ラーメンマニアが読むべき1冊」と言い切っていいほど“ラーメン愛”に心打たれる。

■日本のラーメンの大まかな歴史

 本書の大筋は、ラーメンの誕生と発展の歴史だ。中国で麺料理が誕生し、奈良時代から平安時代にそれが日本に伝わる。日本人はその麺料理を「うどん」や「そば」へと昇華させ、長い年月をかけて独自に進化させた。

 明治期を過ぎて、日本人は中国が生み出した麺料理を、日本人の口に合う「ラーメン」に少しずつカスタマイズする。その萌芽が大正時代の「シナそば」の大ブームだ。ここから“現代ラーメン”へと本格的に進化を始める。

 そしてラーメンが国民食になった大きなきっかけであり、ラーメンを全世界に広めた発明が、サンシー殖産(現在の日清食品)が生み出した「チキンラーメン」だ。麺料理の生みの親である中国が“逆輸入”するほど「インスタントラーメン」が世界中を魅了し、国民食となったラーメンは全国各地で「ご当地ラーメン」を生み出すほど進化を遂げ、日本人の舌に根付いていった。

 これが超駆け足版のラーメンの誕生の歴史だ。本書は、日本の麺料理の歴史をフルコースで振る舞うかのごとく、ときに手延べそうめんの発祥について掘り下げ、ときに東西の出汁文化の違いを解説し、ときにラーメンの食べ方を改めて考察し、ラーメンに関する知識を惜しげもなく解説している。人気ラーメン店の濃厚なスープをすすっているようで面白く、まったく飽きが来ない。

■日本人からラーメンを遠ざけた3つのハードル

 さて、この記事の本題に入りたい。なぜラーメンが1000年以上もの間、日本人に受け入れられなかったのか。それは3つの大きなハードルがあったからだ。

 まず日本人は、天武天皇による「殺生禁断」から1200年にわたって、獣肉を避けるよう徹底した教育を受けてきた。また、日本料理は世界でも稀に見る“油脂欠乏症の料理文化”だった。さらにラーメンに不可欠な「かん水」の入手が昔の日本では難しかった。

 特にはじめの2つのハードルがあまりに大きいため、日本人は豚肉や油などを積極的に使用する中国の麺料理を受け入れられず、結果的に「うどん」や「そば」など日本独自の麺料理へ昇華させた。これが1000年ものラーメン空白の歴史を生み出した原因だ。

■日本人は時間をかけて外来食を和風化する特技がある

 そこで気になるのが、なぜ1000年もの空白があったのち、日本人がラーメンを食べだしたのか? ということ。これには複数の要因がある。その1つが、日本人が中国の麺料理をカスタマイズしたことだ。たとえば醤油ラーメンや塩ラーメンは、日本の和食文化からを取り入れた発想。ここで本書の言葉を抜粋したい。

 ところで、日本人には、一旦、吸収した外来食を、時間をかけて和風化してしまう特技がある。

 たとえば獣肉を避けてきた日本人は、60年かけてそれを克服する「とんかつ」を生み出した。たとえば中国から伝来した「羊の羹(あつもの)」は、当時の人々の異常な執念によって「羊羹(ようかん)」として、見た目だけ似せて中身は全く違う和菓子に生まれ変わらせた。

 つまり中国の麺料理も長い時間をかけて日本人の口に合うように和風化していったのだ。それがうどんであり、そばであり、そうめんであり、そしてラーメンだった。

 ここまでの内容で本書の面白さが少しでも伝われば幸いだ。ラーメン好きならば、ぜひ一度この本をすすってみてほしい。とんこつ好きや塩好きなど、それぞれ人によって好みは分かれるだろうが、多くの人に「うん、うまい!」と言わせる確かな味わいがある。

文=いのうえゆきひろ