シェイクスピアが描いた悪王は人気俳優似の美男だった? DNA科学が解き明かす世界史の謎

文芸・カルチャー

公開日:2019/8/21

『王家の遺伝子 DNAが解き明かした世界史の謎(ブルーバックス)』(石浦章一/講談社)

“駐車場の王様”として一躍知られることになった異貌の王リチャード3世や謎多いエジプトの王たちの謎を題材に、「歴史と科学」双方における最新研究の驚きの進行度合いを教えてくれる1冊が、『王家の遺伝子 DNAが解き明かした世界史の謎(ブルーバックス)』(石浦章一/講談社)だ。

 我々人間が受け継いできた歴史は、言葉で紡がれてきたものである以上、伝わる内容の精度にはある程度の限界がある。時には紡いだ人間の意思が反映されてしまうこともあるだろう。そこには、今まで明かされてこなかった謎や当時の為政者たち、あるいは今も連綿と続くその血脈たちにとって“不都合な事実”が隠されてきたこともあるはずだ。本書は、そういった埋もれた事実や謎について「DNA」をはじめとする生命科学研究の進歩によって解明された近年のケースを多数紹介しながら、最新の生命科学の知見を解説するものだ。

 イングランド王だったリチャード3世(1452~1485年)。薔薇戦争終結の契機となったボズワースの戦いで非業の死を遂げた彼は、シェイクスピアの戯曲などにおける描かれ方に影響され、すこぶる悪評を与えられてきた。

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 なにせ、「自らの野心のために家族すら手にかけるほどの悪辣非道で、背中には小山のようなこぶを持ち、痩せぎすでヒキガエルのような顔をした、醜悪で貧相な見た目の人物」として描かれてきたのだ。彼の遺体は死後500年以上の長きにわたって発見されなかったため、実際にどのような人物なのか判断する術もなかったのである。

 そんな彼の遺体が、2012年イギリス、レスター市の駐車場で発見された。遺児もおらず血脈は途絶えたとされるリチャード3世。本人の特定は困難を極めたが、そこで役立ったのが、最新のDNA解析技術だ。調査チームは母親から全ての子に引き継がれるというミトコンドリアDNAの特徴を利用した。

 リチャード3世には遺児こそいなかったものの、アンという実姉がいた。つまり、彼女の女系親族をたどっていけばリチャード3世と同じミトコンドリアDNAを持つ子孫が見つかる可能性があったのである。そして、調査チームは現代に生きるマイケル・イプセンとウェンディー・ダルディッグという、アンの子孫を見つけ出した。読み手の想像通り、2人が持っていたミトコンドリアDNAはリチャード3世と思われる遺体が持っているものとほぼ一致。こうして500年以上の長きにわたって所在が分からなかったリチャード3世が見つかったのである。

■DNA解析が有名文学に描かれた悪評を覆す?

 さて、私たちが気になるのは、リチャード3世は本当に戯曲に描かれたままの悪評高い人物だったのかということだ。本書で明かされる研究結果によれば、彼の遺骨やDNAは必ずしもそうではなかったことを示したという。

 まず、彼の体は側面に大きく歪曲していた。これは脊柱側弯症といわれる病気の症状だという。背中に盛り上がったこぶのようなものができるのは脊柱後弯症と呼ばれる別の病気の症状であり、このことから、彼は背中に小山のようなこぶは持っていなかったことが明らかになった。

 DNA解析の結果、彼の詳細な身体的特徴も明らかになった。96%の確率でブルーの瞳をもち、77%の確率でブロンドだったそうだ。またシーフードのような栄養価の高い食事をよく食べていた形跡があり、背骨さえ曲がっていなければ身長173メートルほどの偉丈夫だったという。

■科学の最新技術が、歴史の英知に深みを増していく

 ちなみに、本書によれば、DNA解析の結果、BBCのテレビシリーズでリチャード3世を演じた経験を持つ、英国の人気俳優ベネディクト・カンバーバッチが彼の遠い子孫であることが分かったという。さて、ヒキガエルのようで貧相な見た目といわれたリチャード3世の本当の容姿はどうだったのだろうか…。

 もちろん当時を知る者がいない我々に、リチャード3世の顔を推し量ることはできない。性格の面でも彼は悪辣非道な人間だったかもしれない。そこには科学だけでは解明できない残された謎があるのだろう。

 本書は科学の英知を活かして歴史の事実を掘り起こしていくとともに、それでもなお解明できない、歴史の謎、そして遺伝子を利用して歴史に迫ることの限界も提示する。DNAはこれまで見えてこなかった新事実を解明することもできるが、「あくまでもその可能性が高い」ことを示すに過ぎない。それ以外に謎として残る、文化的な背景や事情には踏み入ることができないのだ。だからこそ、歴史を追い求めることの魅力がある。

 文系、理系の研究の垣根は次第に低くなってきたといわれる。今後の新たな研究の発展は、こうした「浪漫を追い求める期待感」から生まれてくるのかもしれない。

文=柳羊