第二次大戦末期に起きたユダヤ人大量虐殺事件に秘められた「闇」とは? あるハンガリー貴族の家族史

社会

2019/9/28

『月下の犯罪 一九四五年三月、レヒニッツで起きたユダヤ人虐殺、そして或るハンガリー貴族の秘史(講談社選書メチエ)』(サーシャ・バッチャーニ:著、伊東信宏:訳/講談社)

マリタ 私はもう耐えられない。罪の意識に、もうやりきれないんです。
マルギット伯母 何の罪? 何を言われているのか、わからないわ。(沈黙する)
マリタ 私はわかる。(彼女も沈黙する)

 いっけん映画や戯曲の一節のように感じるかもしれないが、これはノンフィクションの一部抜粋である。『月下の犯罪 一九四五年三月、レヒニッツで起きたユダヤ人虐殺、そして或るハンガリー貴族の秘史(講談社選書メチエ)』(サーシャ・バッチャーニ:著、伊東信宏:訳/講談社)からの引用だ。

 1945年3月24日の夜、ナチスの統治下にあったハンガリーとオーストリアの国境沿いにあるレヒニッツ村で、約180人のユダヤ人が虐殺された。その主犯とされたのは、当時レヒニッツにあった城でパーティーを行っていたナチスの将校や軍属たちである。

 だが、事件の真の首謀者は、この村の貴族イヴァン・バッチャーニの妻で、問題のパーティーを主催したとされるマルギットではなかったのかという噂が、事件の直後からささやかれ続けてきた…。本書は、その事件の謎とその裏にある真相に迫るノンフィクションである。

 著者はスイスのジャーナリストで、その名から推測できるように、レヒニッツ村の貴族バッチャーニ家の末裔だ。マルギットは、彼からみると大伯母にあたる。著者自身は事件について何も知らずに育ったが、あるとき同僚からマルギットの犯行を示唆する記事を見せられたことがきっかけで、この事件に興味を持つようになった。そして、取材を重ねながら、自らの一族の暗部に迫っていく。その成果をまとめたのが本書なのだ。

 本書の書かれ方はとてもユニークだ。ノンフィクションでありながら、冒頭に引用したように、著者の想像による当事者の会話や心情などが、ときに戯曲風に、ときにサスペンス小説風に随所に挟まれている。この手法ゆえ、内容はより迫真性に富んでおり、読み手はいったいどこまでが事実でどこからが想像なのだろうか…と考えをめぐらせながらページをめくっていくことになる。本書の中盤で著者がたどり着いた“ユダヤ人虐殺事件の真相”を、あなたならばどのように受け止めるだろうか。

 だが、本書の真の読みどころは、マルギットの罪にひとつの結論を出した、「そのあと」にある。取材を進めていくなかで著者は、大伯母マルギットではなく祖母マリタの犯した「別の罪」の存在に気づく。そして、その真相を追っていくうえで、「悪を見過ごすことは悪ではないのか?」「戦争という大きな局面に対して、個人がどこまで抗うことができるのか?」という普遍的で、かつけっして容易に答えの出せない問題を自問自答することになるのだ。

 さらに、本書を読んで強く印象に残るのは、戦争という大きな事件がそのときの当事者だけではなく、その子孫たちにも及ぼす影響力についてである。直接体験していない孫世代の人格形成にも、戦争は深いところで影を落とすことが本書を読むとよくわかる。これは真理だろう。戦争、あるいは自然災害などの大きな事件の影響は、簡単に消えることなく、100年にわたって何らかの形で傷痕を残し続けるのである。

 そういう意味で本書は、歴史の闇に消えた事件の謎を解くスリリングな読み物であるとともに、ひとつの家族史であり、著者自身の自分探しの旅の記録でもある。あなたはこの記録をどのようにひもとくだろうか?

文=奈落一騎/バーネット