これからの人生に必要なのは「孤独力」!? 精神科医が教える「ここちよい孤独」とは?

暮らし

公開日:2019/9/30

『精神科医がたどりついた「孤独力」からのすすめ ―「ひとり」と「いっしょ」の生き方』(保坂 隆/さくら舎)

 デジタルデバイスとネットの普及によって、漫画の制作環境は随分と変わってきたそうで、アシスタントが漫画家のもとに通わずに在宅で作業するのも珍しくなくなっているという。一般企業においても、2020年の東京オリンピックでの交通機関の混雑緩和のために、在宅ワークを試験的に導入したなんて話もある。ただ、実際に在宅ワークをして誰とも顔を合わせないまま黙々と仕事をこなしていると、孤独感に耐えられない人もいる模様。そのうえ未婚を選択する人が増え、そのまま独居老人になるのではとも云われているし、結婚しても死別などすれば、また独りである。自分は独りでいるのが好きと嘯いてみても、人間が集団生活を選択してきたことを考えると、本当に孤独に耐えられるのか。考え始めると無駄に止まらないのが私の悪い癖。独り悶々としているよりは誰かの意見を知りたいと思い、『精神科医がたどりついた「孤独力」からのすすめ ―「ひとり」と「いっしょ」の生き方』(保坂 隆/さくら舎)を読んでみた。

 そもそも「孤独」とは何か。著者は、「つらく、寂しいもの」という感覚と「ワクワクする魅力あふれるもの」という感覚の二面性があると指摘している。母親に抱かれて「いっしょに」いる赤ん坊は、やがて「ひとりで」食べようとするように自己の行動範囲を広げていき、少年期を迎えると「ひとりで」秘密を持つ一方、他人との「いっしょに」の関係を家族から友達へと広げていく。この、「ひとりで」と「いっしょに」の間を自由に行き来できている状態こそが、「人間が安定している」と云えるようだ。それが、どちらかに行きっぱなしになると問題が起こる。たとえば、「ひとりで」から「いっしょに」に戻れないのが「ひきこもり」で、いつでも「いっしょに」に戻れる安心感が無ければ、思いっきり孤独に浸ることができず、「いっしょに」の場所から離れられなくて人は疲弊してしまう。

 本書の中で特にキーワードになっていると思ったのは、「リセット」という言葉。歴史上の人物が何人か挙げられており、日本地図の作成で有名な伊能忠敬(いのうただたか)は50歳を迎えると家業を長男に譲り、幼い頃から興味を持っていた天文学の勉強をするために、当時の天文学の第一人者である32歳の高橋至時(たかはしよしとき)の門下生となったという。いわば人生を大きく第一章、第二章に分けて生き方を大転換したのである。

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 俳諧師として世界的にも知られる松尾芭蕉(まつおばしょう)は、侍大将の若君のお小姓に抜擢されたかと思うと若君が亡くなり、士官の夢が絶たれても覇気を失うこと無く、宗房(むねふさ)と名乗って町名主の帳簿付けを手伝ったり神田川の水道工事の差配をしたりする一方で、権威ある宗匠のアシスタントをして腕を磨いた。そして、門人を集め金も地位も得て名前を桃青(とうせい)と改めて精力的に活躍していたのが、一転して孤独極まる句を詠むようになる。何があったかは謎であるものの、名前を芭蕉(はせお)と改め、今度は旅に出て旅に明け暮れる10年間が始まった。

 また、注目したいのは「ひとりで」人生をリセットすることを決めても、「いっしょに」を選んでいる点だ。伊能忠敬は年下に弟子入りし、松尾芭蕉は門人と旅に出た。それもこれも、自分の好きなこと、極めたいことに夢中になったからにほかならない。このことについて著者は「ああ、それね、それはどうでもいいの。どうぞあなたの好きなように」というように、人に寛容になるのは性格ではなく「孤独を知っていて、自分がやりたいことを知っていて、すでに着手しているからではないか」と述べ、「孤独力」を養うよう勧めている。孤独を愉しみ、孤独を恐れない生き方をするにはどうするべきか、自分の“孤独観”を見つめ直す一冊であった。

文=清水銀嶺