日本神話の「怖い」闇にフォーカス! 古代の神と現代人はどちらがおそろしいか?

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公開日:2019/10/3

『本当は怖い 日本の神話』(古代ミステリー研究会:編/彩図社)

 中国人から見ると、日本人が『三国志』や『封神演義』に詳しいのが不思議だそうだが、そこにはやはり異文化への憧れといったものもあるのだろう。キリスト教の聖書や、ギリシャ神話のような海外の神話・伝説をモチーフにした漫画やアニメの作品も数多い。一方で、私たちにとって身近なはずの「日本神話」を取り入れた決定版といえる突出した作品には恵まれていないように思う。私たち受け手の知識が少ないためなのだろうか。そこで、ガイドのひとつとして『本当は怖い 日本の神話』(古代ミステリー研究会:編/彩図社)を手に取ってみた。

 本書は、日本神話に描かれてきた“おそろしいエピソード”を中心に拾い出し、現代の視点と比較しながら古代の人々の価値観をひもといていく。

■古代人が抱いていた「火の神」への恐怖心

 国を生んだイザナギ(男性神)とイザナミ(女性神)は、アマテラスやスサノオなど多くの神々を生んだが、イザナミは炎の子である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ:以下、カグツチ)を生んだ際に、性器に大やけどを負って死んでしまう。そしてイザナギは妻を殺したカグツチを激しく憎み、のちに十束剣(とつかのつるぎ)で 斬殺する…というなかなかショッキングな内容だ。

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 本書では、「古代の人々にとって出産とは、母子ともに命を落とす可能性もある、危険の伴うものだった」と解説する。日本で初めて乳児死亡率のデータが集められるようになった明治期でも、乳児(生後1年未満)の死亡率は約15%、つまり、生まれて1年以内に10人中1人の子どもが亡くなっていたそうだ。ただし、カグツチからは農耕や鉄など生産活動に関わる16柱もの神々が生まれており、「火がもたらす恩恵への感謝の気持ち」も神話に見出すことができるという。

■子どもを残して姿を消したトヨタマビメの真相

 本書によると、初代天皇と記録される神武天皇の祖母は「ワニ」だという。ワニといっても爬虫類の「鰐」ではなく、現代でいうサメの一種だと考えられ、刀剣を表す「サニ」を由来とした海の神獣と信じられていた。

 山での狩りを得意とし「山幸彦(やまさちひこ)」と呼ばれていた火遠理命(ほおりのみこと)が海神の宮に行くエピソードがある。そこで、海神の娘であるトヨタマビメと結ばれるものの、「産屋の中を絶対見ないでほしい」と忠告されていたにもかかわらず山幸彦は覗いてしまう。すると、産屋にいたのは出産に苦しむ巨大なワニで、正体を知られたと悟ったトヨタマビメは、子どもを置いて海へと帰るのだが、妹のタマヨリビメを養育係として地上に送り、その妹は自ら育て上げた子どもと結ばれ、子どもが生まれる。その末弟こそが神武天皇であり、「コミュニティ外の人間との結婚を表している」と解説するのが本書。この他にも、神話に秘められた天皇家の正統性に関するエピソードが数々紹介されている。

■政府の失策で破壊された数々の神社

 さて、古代の神話から少し離れるが、日本人は宗教に無頓着であるとよくいわれる。「神道式に生まれ、無宗教に生き、キリスト教式に結婚し、 仏教式に葬式を挙げる」というジョークがあるように、宗教に関しておおらかなことは良い面もあるだろう。本書では、歴史的に見れば神道と仏教がひとつとして扱われていた「神仏習合」の時代のほうが圧倒的に長いと指摘している。しかし、明治政府が「神仏分離令」を発布すると、政府としては仏教の廃絶までは意図していなかったのに、「民衆によって仏教を排撃する運動が全国で多発した」という。寺院ばかりか仏像や仏具を根こそぎ破壊するような事態となり、明治政府を驚愕させた。

 さらにその後、各町村に複数ある神社を合祀して「一村一社」を明治政府が命じると、今度は地域の神社が次々と民衆によって破壊され、神社の林までもが伐採されたため、貴重な動植物や生態系崩壊が危惧されるにいたって、ついに合祀の中止が決まったときにはすでに約6万社の神社が失われていたのだとか…。

 どうやら本当に怖いのは、神様ではなく人間であるようだ。

文=清水銀嶺