不動産売買をエサに多額の金を騙し取る「地面師」の手口とは?

文芸・カルチャー

公開日:2019/12/5

『地面師たち』(新庄耕/集英社)

 近年、振り込め詐欺が急増するなど、高齢化の進む日本ではお年寄りをターゲットにした犯罪が増えている。他にも悪質な訪問販売のターゲットにされたり、年金を騙し取られたりといった判断能力低下を狙うトラブルも数多い。中には本人の判断力も関係なく、独居老人が家を長期不在にしている間、知らないうちに犯罪行為に巻き込まれてしまうケースまである。「地面師詐欺」という、所有者になりすまして土地を売却し多額の代金をだまし取る犯罪では、知らないうちに他人の土地を詐欺の材料にしてしまうのだ。

 ネットワークビジネスの闇をテーマにした『ニューカルマ』など社会派な作品を得意とする新庄耕の新刊『地面師たち』(集英社)の冒頭は、まさにそんな高齢者の土地を利用した犯罪から幕が上がる。恵比寿駅から徒歩数分の343平米の土地売買をめぐり、地面師グループが買い手となるマンションデベロッパー側と最後の交渉(残代金の支払いと所有者移転登記)に臨むのだ。実はその土地は所有者である高齢者に断りもなくニセの売買対象にされたもの。かつては老齢の男性が一人暮らしをしていたが、その男性が老人ホームに転居後、空き家となっているところを地面師グループに目をつけられたのだ。所有者のなりすまし、弁護士、偽不動産コンサルタント役の3名の地面師グループがいかに細心の注意を払って人を騙すのか、緊張感のあるやりとりが実にリアルだ。

 物語はある悲劇から生きる気力を失った30代半ばの拓海が、偶然知り合った地面師グループの首謀者・ハリソン山中に誘われて仲間になり、次第に稼業にのめり込んでいく姿を軸に、長年、ハリソンを追う老刑事の執念と、社長の椅子をかけ手柄を求める大手住宅メーカーの開発担当・青山の焦りが重なり合い、泉岳寺駅至近の土地をめぐる巨額の詐欺事件へとなだれ込んでいく。立地と広さの好条件から100億円はくだらないと不動産関係者から長くマークされてきたその土地は、所有者である尼僧に全く売る気がないために誰も手をつけていなかったもの。だが、よりスケールの大きな仕事をしたいと野望を持つハリソンを中心に、尼僧を騙して家を留守にさせ地面師たちが勝負に出ようと画策する。

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 どこか実際に2017年に起きた五反田の約600坪の一等地をめぐって大手住宅メーカー・積水ハウスが63億円も騙し取られた地面師事件を彷彿とさせる企てだが、むしろ類似ケースを描いているだけに、ニュース報道では見えなかった事件の裏側のリアルドキュメントを見ているようでもある。証明書の偽造や資金の洗浄ルートの確保、尼僧のなりすまし役の仕込みなど地面師たちの周到な準備の数々には舌を巻くが、とはいえ買い手側も全面的に相手を信用するわけではなく「この取引は正当なのか」と常に慎重な態度を崩さない。果たして巨大詐欺は成立してしまうのか――ギリギリの駆け引きが続く切迫したやりとりから思わず目が離せなくなることだろう。

 2020年を前に都心で不動産バブルが起きている現在、いい土地を誰より早く押さえたい不動産業界の思惑につけこんだ地面師の動きも活発化しているという。自分が巻き込まれないためにも、こういう闇の存在は知らないより知っていた方がいい。本書は小説だからこそ、感情の動きも細やかに「闇」のリアリティをより鮮明にあぶり出す。読んでおくだけでも万が一に備えた「自衛」になりそうだ。

文=荒井理恵