トラウマを抱えた家具職人と恋に臆病な32歳女子。“打算的な恋”の行方は――? 藤ヶ谷太輔×奈緒でテレビドラマ化!

文芸・カルチャー

2019/12/11

『やめるときも、すこやかなるときも』(窪美澄/集英社)

「やめるときも、すこやかなるときも」――このフレーズを耳にすると、結婚式が頭に浮かぶ。晴れの場で永遠の愛を誓い合う恋人は希望に満ちていて、眩しい。だが、私たちは本当に1人の人間を支えようという覚悟を持ちながら「結婚」をしているのだろうか。窪美澄さんが手がけた小説『やめるときも、すこやかなるときも』(集英社)を手に取ると、そう考えさせられる。

 窪さんといえば、『ふがいない僕は空を見た』や『よるのふくらみ』(ともに新潮社)など、少し陰のある恋愛を巧みに描く天才だ。本作は2020年にテレビドラマ化が決定している注目作。主人公の壱晴を藤ヶ谷太輔さんが、桜子を奈緒さんが演じる。数ある窪作品の中でも、テレビドラマ化されるほど本作が支持を集めた理由は、現代人が抱える恋愛や結婚への恐怖感、焦りといった心の機微がリアルに描かれているからだ。

 読書メーターには、次のような感想が寄せられている。

“大切な人の死を受け入れられない男と恋の仕方を知らない女の恋愛小説なんて、よくあるかもって思っていました。けれども、こんなにも心の機微を丁寧に描かれた小説は窪美澄さんだからこそ描けたのではないかと(後略) /mizuki

■トラウマを抱えた家具職人と臆病な32歳女子が育む、不器用な恋

 ストーリーは家具職人の須藤壱晴(32)と制作会社に勤める本橋桜子(32)の視点が交互に描かれ、進んでいく。2人はとある結婚パーティーで出会い、一晩を過ごした。壱晴は見知らぬ女を抱くことに抵抗を覚えない、一見チャラい男。しかし、彼が軽率なのは心に深い傷を負っているから。

 壱晴は19歳の頃から毎年12月になると1週間程度、声が出なくなる。「記念日反応」と呼ばれるその症状は、心因性によるもの。辛い記憶を抱え続ける壱晴は、毎年12月が近づくたび強く思う。「結婚などするものか」と。

 一方、桜子は29歳の時に彼氏と別れて以来、恋愛とは無縁。32歳にもなっても処女である自分を、結婚・出産した妹と比べて卑下していた。結婚への憧れはある。しかし、元カレから言われた悲しい言葉が忘れられない桜子は恋に対して臆病になっていた。壱晴と出会ったのは、そんな時。「結婚」というカードを手にすれば、「今」を変えられると思った桜子は壱晴と結婚しようと決心する。心に傷を負った2人は「自分のために」恋愛を始めるのだ。

 壱晴と桜子が距離を縮めていく過程は、こちらがもどかしくなるほどスローペース。だからこそ、2人がこれまでに背負ってきた恋愛への絶望感がひしひしと伝わってくる。読者もいつしか自分を重ね合わせ、2人の背中を押したくなる。

“(前略)あまり異性関係と付き合いのなかった桜子は、家具職人の壱晴と出会う。この人と付き合うかも、と思いながらも、壱晴には忘れられない人がいて…。自分にもこんな時代あったわ~なんて、思ったりして(笑)/ マーガレット

“相手のことを知りたい時はまず自分のことを知って貰わないといけない。本当にそうだなと思った。どこか一歩踏み出すことが億劫になってしまう。そうではいけない。互いに寄り添い歩み寄ることが大切。押し付けることも引き過ぎることもよくない。けどこの本の中の壱晴と桜子はその尺をとることが上手い。わたしもそういう風になりたいと思った。/りーこ

 作中に描かれている台詞は「恋愛」という行為を改めて考えるきっかけにもなる。

“「…この人とつきあおうと思ったときから、自分の考えていることとか感じていることをなるべく正確に……難しいことかもしれないけど、いちばん自分の気持ちに近い形で伝えたいと思った」 対面していても、テキストだけのやりとりであっても、うまく伝えるのは難しい。でもちゃんと伝わるように言いたい。自分が伝えたいことを押し付けるのではなくて、自分がそう思っていることを受け止めてほしい。大事なことが凝縮されているようで、何度も読み返してしまったセリフでした。/kiki

 大人になるにつれて、打算的な思考から「結婚にもちこみたい」と考え、愛の本来の形を忘れてしまっていないだろうか。そう考えると、「相手のための恋愛」ができた幼い頃の世間知らずな自分のほうが「結婚」に近かったのではないかと思えてくる。本作を読むと、「誰かを愛する」という苦しくも喜ばしい行為と、もう一度向き合ってみたくなるのだ。

“(前略)結婚も愛も名詞のままじゃ結局役立たずで、動詞になって初めて意味をもつ。相手の過去を受け止めて、よりよい未来を描こうと、現在を慈しみ共に歩みゆく。そんな人に出逢えたら、それだけでもう生きている意味があるって思えるのにな。(後略)/re;

“結婚をするにあたって、私自身が誓ったこと。病めるときも、健やかなるときも、変わらず愛を注ぐこと。してもらうばかりにならないように、当たり前にしてしまわないように、二人の時間を大切にしようと思うの。命はやがて尽きるし、そのときがいつかはわからない。私は幸せ、と心から思ってくるまって眠る。二人の距離がゆっくり近づいていくように、ゆっくり読んだ。焦らずにあたためよう。これが愛よ。/toki

 傷を抱えながら共に生き続けることの苦しさと、共に生きたいと思える人がいる喜び。その両方を描いた本作は、幸せになりたい大人に刺さるラブストーリー。壱晴と桜子の魅力がどう映像化されるのか期待しつつ、壱晴が作り出す椅子に自分を重ねながら、“大切な人が少し座って休める存在”になれる方法も考えたくなる。

文=古川諭香