暴力や虐待の被害者が、加害者になりうる――負の連鎖はなぜ起きてしまうのか

社会

公開日:2019/12/16

『被害と加害をとらえなおす 虐待について語るということ』(信田さよ子、シャナ・キャンベル、上岡陽江/春秋社)

“虐待とは何か、DVとは何かを調べるのであれば、この本を一冊読むだけですべてがわかってしまうだろう”

 信田さよ子さんが冒頭でそう語るのは、本書には他にないリアリティがあるからだ。『被害と加害をとらえなおす 虐待について語るということ』(信田さよ子、シャナ・キャンベル、上岡陽江/春秋社)は、現実に起こっていることから目を背けない。正確に、かつ慎重に、被害と加害のリアルを語り、ケアを模索する。

 当事者であり支援者でもあるシャナ・キャンベルさんは、筆舌に尽くしがたい体験をした。虐待、ネグレクト、DV、売春、薬物依存、強盗、刑務所での服役――書ききれないほどだ。最後に刑務所に入ったのは、35歳のときだった。

 そうした体験が泰然と綴られていく中で「ふつうの暮らし」についての記述はひときわ目に留まる。

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“きちんと洋服を着たり、ご飯をつくったり、掃除をしたり、そういうふつうの生活を送るということ”を、彼女は大人になるまで知らなかった。

 暴力は犯罪だ。しかし、「ふつうの暮らし」さえも奪われていた彼女による加害は、果たして彼女の責任なのだろうか。被害とどのようにつながっているのだろうか。本書を読んでいると、そうした疑問が湧き起こってくる。

 同じく当事者・支援者である上岡陽江さんは振り返る。

“みんなといたら、日常の中でいっしょにケーキを食べたり、花を見たり、ご飯を食べたり、外に行ってきれいな景色を見たりするんです。ある日、わたしも美しい色に染まっていいのかもしれないと思えたとき、大泣きしました”

 信田さよ子さんは臨床心理士として、カウンセリングで彼女たちのような人々と向き合いながら、著述活動を行なってきた。彼女は加害・被害を取り巻く「環境」の特徴や、加害・被害の重層性について、客観的な視点から指摘する。信田さんの語りを経由して、キャンベルさんと上岡さんの経験談が与える示唆は深みを増す。

“この本の中で語られることが、薬物依存の問題、女だけの問題だと思わないでほしいのです”と信田さんは言う。

 ステレオタイプに当てはまらない加害と被害は、日常の中に数多く潜んでいるのだ。また、それらは個人的なレベルの問題もあれば、国家のレベルの問題もあり、根底にある構造はつながっている。当事者でない人でも、本書を読めば問題は非常に近いところにあることに気付かされるだろう。

文=えんどーこーた