レオン・カーフェイ監督・主演の中国版映画『深夜食堂』は、酷評を浴びた中国版ドラマのリベンジとなったのか?

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公開日:2019/12/21

「それぞれの街にそれぞれの深夜食堂がある。それぞれの深夜食堂にそれぞれの物語がある。夜の帳が降り、人々が家路へと急ぐ頃、俺の1日は始まる。」

 中国版映画『深夜食堂』は、こんなナレーションで幕を開ける。

 本国で2017年6月に放送されるや否や、散々にこき下ろされた中国版ドラマ『深夜食堂』から2年、中国版映画『深夜食堂』が今年8月末に中国全土で公開された。大方の予想に違わず、上映はわずか1カ月足らずで打ち切りとなったが、大手動画配信サイトでの評価は10点満点中5.1~8.1とバラつきはあるものの、ぎりぎり及第点といったところだ。中国版ドラマの評価2.8に比べれば、辛うじてメンツは保てた。

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 実際のところ、中国版ドラマは実に“食えない”シロモノだった。舞台は怪しげなネオンが輝くギラギラした港町、猥雑な繁華街の一角にその店はある。店構えとコの字型のカウンターが鎮座する店内はギャップがありすぎ、テンションが高すぎる客とは対照的に店主のテンションはやたらと低い。出てくる料理ときたら、スポンサーへの計らいによるインスタントラーメンだったり、中国ではお目にかかることのないタコウインナーだったり、1話45分の長尺を埋めるための下らないお喋りと演出が延々と続く…。要するに、目を覆いたくなるようなシーンの連続だった。視聴者からは「原作への侮辱だ」「5分も見てられない」「今すぐに放送を中止すべきだ!」といった怒りと悲鳴の声が噴出した。本家・日本のドラマ版が「神劇(神ドラマ)」と称される超人気作だけに、ファンの憤懣やるかたなしだ。

 そんな大失態の後だけに、中国版映画の登場に「まさか…」と誰もが耳を疑った。主演は『ラマン/愛人』『楽園の瑕』『コールド・ウォー』などで知られる香港のベテラン俳優、レオン・カーフェイ。しかも自らがメガホンを取るという、無謀とも言える挑戦。聞けば、日本版ドラマのファンなのだという。果たして、お味の方は!? 恐る恐るフタを開けてみると、これが意外にも“食える”作品に仕上がっていた。

 第一に、ロケーションの成功が大きい。舞台は上海の下町、摩天楼がそびえる大都会の上海に現存するノスタルジックな裏通り、そこに自然に溶け込む店の佇まいも風情がある。第二に、マスターの存在感だ。本作での愛称は「老板(マスター)」ではなく、「大叔(おじさん、おやじさん)」。扮するレオン・カーフェイは、安定感のある演技と達観した表情で安心感を与える。原作では明かされない、左目の傷にまつわるオリジナルのエピソードも織り込んでいる。一見すると“つなぎ”のような衣装は、着古した藍染めのようだ。厨房にかかる暖簾もお揃いで、なかなかセンスがいい。第三に、劇中に登場するエビと龍井茶炒め、アサリの辛味炒め、ワンタンスープといった伝統的な家庭料理がどれも本当に美味しそうなのだ。ここまでは良かったのだが、全編103分の尺に4つのエピソードは、無理やり詰め込んだ感が否めなかった。感情移入する間も与えず、次のエピソードへと移ってしまう。じっくり腰を据えて、人間模様を描いてほしかった。とはいえ総体的に見ると、リベンジまでは叶わなかったものの、恥の上塗りを回避できただけでも良しとしよう。

 ちなみに中国の批評家からの意見は賛否両論だ。反対意見の多くが、そもそも「日本独特の文化を凝縮したような『深夜食堂』を、中国でリメイクすること自体が間違っている」という説なのだが、おっしゃる通り。『深夜食堂』のプロットに縛られれば縛られるほど、中国らしさは損なわれてしまうのだから。

 映画はこんなナレーションで幕を閉じる。
「客が来るかって? 来てみればわかるさ。」

文=角山奈保子(中国在住)