平凡な女性に起こった悲惨な転落劇。「すべてはあの男の魔性のせいでした…」

文芸・カルチャー

公開日:2019/12/22

『魔性』(明野照葉/PHP研究所)

「理想の彼氏って、どんな人?」そう聞かれたら、多くの女性はやさしくて誠実で自分を大切にしてくれる人と答えるだろう。もしかしたら、それプラスお金もあればいうことなしと答える人もいるかもしれない。だが、どれだけ理想像を心の中に描いていても、どういうわけだか「惹かれてはいけない悪い男」に焦がれてしまうことがある。『魔性』(明野照葉/PHP研究所)は、そんな恋愛の怖さを改めて考えさせられるサスペンスだ。
 
 コンピューターのアプリケーション会社でソフトの飛び込み販売をしている早川志穂子は、どこにでもいそうな平凡な女性。だが、生真面目な父への反抗心から既婚者の彼氏・西山と付き合い、元彼とはセフレのような関係を続け、奔放な関係を楽しんでいた。
 
 そんな志穂子の運命を変えるきっかけとなったのは、飛び込み営業中に偶然親しくなったアポローニャ企画という会社。社員とも仲良くなった志穂子は彼らが昔、結成していたバンドのライブ映像を見せてもらい、そこに映っていたボーカルの永山晃というひとりの男性にくぎつけとなった。晃は永山特殊塗装の御曹司。一度妻子を持ったが父とそりが合わず、離婚をして現在はフリーの不動産屋を名乗り生計を立てているという。映像の中の晃に恋をした志穂子は、直接会ってみたいと思うほど彼に惹かれていった。

 そんな時、アポローニャ企画からは「うちで働いてほしい」と誘いを受け、志穂子は転職を決意する。晃とのつながりがある人の下で働けば、いつか彼に会えるかもしれない…。

 そのチャンスは意外に早く実現した。会社の諸事情により、志穂子は晃が席を置いている不動産会社で働くことになったからだ。そこで生の晃に会った志穂子は、彼が放つ魔力のような魅力に引き付けられ、西山との不倫関係をあっさりと解消するほどのめり込んでいった。

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 だが、この時、志穂子はまだ知らなかった。自分が惚れた魔性の男が“悪魔”であることを――。

■惚れてはいけない“魔性の男”に取り込まれてしまうと

 やがて恋人関係になると、晃は周囲に志穂子のことを「うちのカミさん」と紹介し、志穂子の過去の男を牽制して追い払う。その行動に志穂子は愛情を感じ、周囲から交際を懸念されても、自分は添い遂げたいと思うようになっていった。

 晃から、独立して会社を立ち上げた暁には公私両方のパートナーになってほしいと懇願され、同時に条件として出された「宅建の資格を取ること」「家ではすっぴんでいること」「自慢のロングヘアをショートにすること」を守らなければと志穂子は思い詰めるようになっていく。今まで恋愛においては自分が相手を振り回してきた志穂子でも、晃には逆らえない。自信に満ち溢れ、甘い言葉を口にする晃には、女の心を掴む天性の才能が備わっているからだ。

 だが、のめり込む反面で徐々に明かされていく晃の本性は実にキナ臭い。あっけらかんと他の女の存在を口にし、本当はどんな仕事をしているかも分からずつかみどころがない。それが晃という男の恐ろしさであり、同時に魅力でもある。底知れないから少しでもその底を覗いてみたいと、近づきたくなってしまうのだ。

 本気で愛おしいと思った相手が、実は付き合ってはいけない“悪魔”だと、本気の恋心も“悪魔のおもちゃ”にされてしまうのかもしれない。そう考え込んでしまうほど、主人公・志穂子の転落劇は痛々しい。果たして、志穂子は圧倒的魅力を持つ悪魔や、アンダーグラウンドな人間が跋扈する危うい世界から抜け出し、元の場所に戻ることができるのだろうか? 本作は「本当の愛とは?」という重みも学べる、戦慄のサスペンス小説だ。

文=古川諭香