乱歩の名作『黒蜥蜴』が大胆過ぎるギャグ漫画に! 明智小五郎と女怪盗の抱腹絶倒の戦いは…?

マンガ

公開日:2020/1/3

『黒トカゲ』(森下裕美:著、江戸川乱歩:原作/双葉社)

 江戸川乱歩といえば著名な推理小説家であり、子どもの頃に児童向けの「少年探偵」シリーズあたりに親しんだ人も多いのでは。私もそのクチなのだが、そのイメージが覆ったのは中学生の頃だった。林間学校の宿舎に置いてあった『パノラマ島奇談』。江戸川乱歩の名前に惹かれてつい手に取ってみたのだが、その猟奇的ともいえる内容に、結構なトラウマが残ってしまった。

 乱歩が大人の読者に向けた小説は倒錯的な作品も多く、そして人気が高くて現在もファンに愛されている。映像化やコミカライズも頻繁に行われてきたが、その多くは原作に合わせて暗く淫靡なイメージだ。

 しかしここにそのイメージを大きく覆すコミカライズが登場した。『黒トカゲ』(森下裕美:著、江戸川乱歩:原作/双葉社)は、乱歩の名作『黒蜥蜴』をコミカライズしたものだが、それを描くのは『少年アシベ』などゆるい日常ギャグを得意とする漫画家・森下裕美氏なのである。原作をそのまま漫画にするのではなく、大胆に「翻案」して4コマ漫画のようなフォーマットで新しく仕立てられている。

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 物語は成金の宝石商・岩瀬庄兵衛の元へ、娘のサナエを誘拐するという脅迫状が送られてくるところから始まる。岩瀬に相談を受けた探偵・明智小五郎は、岩瀬が宿泊する「サンハトヤ」で岩瀬とサナエの護衛に就くことに。岩瀬の友人である緑川夫人に扮した黒トカゲは、ディナーショーの一座として潜り込ませた手下を使って、まんまとサナエを誘拐。しかし明智は監視カメラを駆使して黒トカゲの策略を察知し、サナエを奪還するのであった――。

 ストーリー冒頭のくだりをみても、なかなかにツッコミどころ満載である。ちなみに「サンハトヤ」とは某温泉街に実在するリゾートホテルであり、当然原作には出てこない。またホテルには最新のゲーム機も完備されており、明智と緑川夫人(に扮した黒トカゲ)が対戦するなど、時代背景は現代設定である模様。

 もちろん「大胆な翻案」は以降も続く。ついにサナエを誘拐することに成功した黒トカゲは、岩瀬の所有する「エジプトの星」という宝石を身代金がわりに要求してくる。受け渡し場所として指定されたのは原作だと大阪・通天閣なのだが、本書ではなんと「とらのあな秋葉原店Bにて」――えっ!? 賢明な読者ならお分かりかもしれないが、「とらのあな秋葉原店B」とは女性向けの商業誌や同人誌の専用フロアが用意されている特別な場所なのだ。こんな所に明智たちを呼び出すとは、なんと恐ろしい…!?

 さて、もうご理解いただけたかと思うが、この作品には乱歩作品の淫靡なイメージは微塵もなく、全編笑いがちりばめられた高度なギャグ漫画である。なんといってもキャラ当人に「ストーリー通りにちゃんと進めろよ」と語らせるくらいなのだ。

 そして明智と黒トカゲの最終決戦も黒トカゲのアジトではなく、ふたりが最初に出会った「サンハトヤ」で展開される。関東圏にお住まいの人ならCMで聞いたことがあるであろう軽快なテーマソングに乗せて、両陣営が入り乱れての大立ち回りが繰り広げられるのだ。「乱歩の作品はちょっと苦手…」という人も、そして乱歩作品ファンも、抱腹絶倒間違いなしの本作、気になったらぜひ手に取っていただきたい。

文=木谷誠