執拗な嫌がらせや暴力、セクハラ――。闇に葬りたい十代の記憶を鮮烈に書き綴ったエッセイ

文芸・カルチャー

2020/1/16

『生きながら十代に葬られ』(小林エリコ/イースト・プレス)

 あなたに心残りはあるだろうか?

『生きながら十代に葬られ』(小林エリコ/イースト・プレス)で、著者の小林エリコさんは“私は全く行きたくない大学に進むことになった。絵の道を諦めなければならなかったことは私の一生の心残りだ”と、彼女自身の後悔を明確に記す。

 小林さんの“十代”には、さまざまな困難があった。クラスメイトからは執拗な嫌がらせや暴力を受けた。ドッジボールは、スポーツではなくいじめだと感じた。塾の講師はセクハラをした。原因不明だった腹痛や倦怠感は、たくさんの薬を飲んでも治らなかった。

 ひとりでのめり込んだ絵の世界では自由になれたが、絵の道に進むことを親から反対された。美術の大学に進むためにいくつもの方法を考えたが、ことごとく潰えてしまい、それ以外のことに興味は持てなかった。やがて、絵の道を諦めた。

“たくさんの人に愛されたいとか、クラスの人気者になりたいとか、そんな贅沢なことは言わない。ただ、誰にもバカにされることなく、ひっそりと日常を過ごしたいのに、そんなことすら叶わない”

 小林さんの望みはささやかなものだったが、現実はそのようにならなかった。小林さんは、心の闇について「私」という一人称でありのままに語ることを、ためらわない。

 校門で遅刻した生徒を締め出すために立っている先生、罰を与えられた生徒が雑巾掛けをしている渡り廊下、先輩とすれ違うときに「おはようございます」と挨拶する同級生と、無視して会話を続ける先輩。本書の中に鏤められた風景や人の様子の描写が、さらに彼女の心情を深く表す。

 エッセイの体裁をなしているものの、小説を読んでいるような印象も受ける。その描写から、読者も学生時代が思い起こされるのではないか。

 小林さん自身は、“私の十代はまだ終わっていないのだ”と言う。“私の心と体は生きながら十代に埋葬されている”とまで、表現する。私たちにとって十代は、終わるものではないのかもしれない。それほどまでに、十代は人生に大きな影響を与える。

「おわりに」で小林さんは言う。

“私の人生は恥の多いものであり、暗闇に葬っておきたいものでした。けれど、人生というものは美しさや喜びだけでは構成されていません。人生の闇が深ければ深いほど、現在の幸せが明るく見え、豊かなものに感じます”

 本書の大部分を占める第一部で十代が描かれた後、第二部では小林さんの「現在」が描かれる。そこにあるのは喜びか悲しみか、あるいはどんな感情か。ぜひ本書を手に取り、小林さんの世界観を体感してほしい。

文=えんどーこーた

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