新聞が消える?盤石だったはずのものがいかに脆いのか、現代メディアのあり方を問う事件小説

文芸・カルチャー

2020/1/20

『社長室の冬』(堂場瞬一/集英社文庫)

 世界経済への影響力の巨大さで「GAFA(ガーファ G=Google、A=Apple、F=Facebook、A=Amazon)」が注目されたり、サブスク消費が一般化したり、TVよりYouTubeやNetflixといったネット動画が人気だったり…ITの進化によって私たちの暮らしを取り巻く状況はここ数年で大きく変わってきた。新たな楽しみが増える一方で、これまで「大事にしてきたもの」があまりにも急に、しかもあっさり変わってしまうことに、ふと不安を覚えることはないだろうか。

 長い不況が続く出版業界やメディアの雄としての存在価値が薄れる新聞業界も、そうしたITの大波に飲み込まれてしまう「旧世界」なのか。このほど文庫化された堂場瞬一さんの話題作「メディア三部作」の完結編『社長室の冬』(集英社文庫)は、まさにそうしたITの脅威に直面する巨大メディアを描いた骨太の人間ドラマだ。歴史的にジャーナリズムの根幹を担ってきた「新聞」がデジタルへ容赦ない大転換を迫られるのだ。

 東日本大震災以降、部数の低迷が深刻化し経営不振に陥った大手新聞社・日本新報。経営陣が密かに外資系メディア企業・AMCへの身売り工作を進める中、かつて誤報騒ぎを起こし要注意人物となった記者・南は社長室付きとなり、戸惑いながらも身売りプロジェクトチームの一員として社長と交渉の現場に立ち会うことになる。身売りといってもただの買収劇ではない。AMCは自社の記者を抱えたニュースサイトやニュース専門テレビ局で全米をカバーし、日本でも現地法人を作りニュースサイトを運営する21世紀型の一大メディアコングロマリットであり、不振に苦しむ地方紙を買収して紙の発行を停止させ「ネット版」に移行させるというビジネスモデルを展開しているのだ。案の定、AMCは日本新報の買収に際し、致命的ともいえる条件を突きつける。社長と南は難題に苦しみつつも交渉を続けるが、社員や組合は「魂を捨てるのか」「外国にメディアを売り渡していいのか」と徹底的に反発。ライバル社への転職者も出るなど社内に激しい動揺が走る――。

「新聞」をめぐるシビアな内情をここまでリアルに描くことができるのは、専業小説家となる前は読売新聞の記者であった堂場さんだからこそだろう。若手記者・南の焦りから生まれる誤報をめぐる第1作『警察(サツ)回りの夏』、IT企業と政権の癒着を追う第2作『蛮政の秋』に続く本作は、新聞というメディアの未来そのものを問うスケールの大きなものとなった。

 前作から因縁の続く大物政治家・三池も暗躍し、政治の暗部に肉薄できずに「御用新聞」と揶揄される現状や新規メディアを排除する「記者クラブ」の問題も浮き彫りにしつつ、出口の見えない重苦しい世界を正面から描き切る。そのクールな眼差しの奥にはかつて自身が所属した世界への作者の愛情が見え隠れし、盤石だったはずのものがいかに脆いのか、経済原理や社会変化を理由に大事なものを失っていないか、そんな問いを我々に投げかけるのだ。

 果たして日本新報は企業としてどのような判断を下したのか。クライマックスの社長会見は終了後に記者からざわめきが起こることもなく、カタカタとキーボードの音が聞こえるだけ…その奇妙な静けさは「もはや他人事ではない」という同業者の重い心情の表れだろう。

 5年後、10年後、果たして私たちの世界はどうなっているのだろう。いや、実際には1年先だってわからない。明日は我が身――本を閉じた瞬間、そんなことを思わずにいられない。

文=荒井理恵