なぜ日本企業は早期退職を募る? これからの時代は3年で「飯が食べられるプロ」を目指す

ビジネス

公開日:2020/1/23

『定年消滅時代をどう生きるか』(中原圭介/講談社)

 高度経済成長期から数十年。日本人に“安心”をもたらした日本型雇用が、とうとう本格的に終わろうとしている。激変を続ける社会で、私たちはどのように仕事と向き合いながら生きていくべきか。『定年消滅時代をどう生きるか』(中原圭介/講談社)より、ビジネスパーソンの未来を少しだけ考えてみたい。著者は、経済アドバイザーで経済アナリストの中原圭介氏だ。

 本書では、中原氏の鋭い指摘がいくつも光る。「このまま漫然と会社員を続けていると、いつか働けなくなるかも…」と危機感を覚えるだろう。

■多くの会社員が2回以上の転職を経験する?

 グローバル化とデジタル化によってビジネス環境が激変する現在、世界的に企業の寿命が「短命化」しているという。1960年代のアメリカ企業の平均寿命は60年を超えていた。しかし近年では半分以下にまで落ち込んでいる。比較的寿命が長いとされる日本企業も、2018年時点の企業の平均寿命は24年だそうだ。

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 中原氏は「これから20年間のうちに、日本企業の平均寿命が20年を割り込むのは避けられない」と推測。60歳以降も働き続けるビジネスパーソンが増え続ける現状から見て、これからの時代は終身雇用どころか会社の倒産によって、2回以上の転職を余儀なくされる可能性が出てきそうだ。

■トヨタが変われば日本も変わる

 たとえ息の長い企業に入社できたとしても、終身雇用の安泰はもう得られない時代だ。2019年5月、報道を目にして言葉を失った人もいるかもしれない。あのトヨタ自動車の豊田章男社長が「終身雇用を守っていくのは難しい」という旨の発言を公の場でしたのだ。

 モノがインターネットとつながるIoT技術や、いずれ人間の知能を超えるであろうAI技術は、幅広い産業に大変革をもたらす。いわゆるビジネスのデジタル化だ。

 シェアリングエコノミーや自動運転技術などの技術革新が訪れようとしている自動車業界では、日本企業のトップに君臨するトヨタといえど、その大変革に乗り損ねたら企業の存続に関わる。「トヨタが変われば日本も変わる」といわれているだけに、豊田社長の発言は一部の人々に強烈なインパクトを与えることになった。

■人手不足といわれる労働市場の真実

 しかし現在の労働市場は「人手不足」といわれている。なぜあのトヨタさえも終身雇用を守ることが難しいと考えるのか。その正確な事実は、もう少し複雑で残酷だ。中原氏は本書で詳細に述べており、要点をまとめるとこのようになる。

 ビジネスのデジタル化の波が押し寄せる現在において、バブル期に採用した一部の中高年社員たちが、その仕事に対応できるスキルを持ち合わせておらず「余剰人員」となった。彼らの給与は一般的に高いうえ容易に解雇できないので、企業経営そのものを揺るがす存在。そのため様々な企業が早期退職を募集している。

 一方で、ビジネスのデジタル化に対応できるスキルの高い人材は、「年齢に関係なく人手不足状態」にあり、特に企業は若い人材を求めている。優秀な人材を確保するため、これからは日本特有の「春にまとめて新卒を採用する方式」を縮小して、同時に「通年で優秀な人材を採用する方式」も打ち出す企業が増える可能性が高い。

 それを裏付けるように、一昔前までは転職の「35歳限界説」がまことしやかに流れていた。しかし2018年では、45歳以上の中高年の転職者が124万人にのぼり、10年前と比べて3割以上も増えている。さらに転職により「給与が増加する」事例が少しずつ増えているという。

 新卒採用と終身雇用が特徴だった日本型雇用は、大きな転換を迎えようとしているのだ。これにより何が起きるのか。

 デジタル化の波が押し寄せるビジネス環境において、専門性の高いスキルを発揮できる人材は企業から引く手あまただろう。しかしそうでない人材は、年齢に関係なく厳しい現実にさらされる可能性がある。

 中原氏は、日本の労働市場の先行きについて、本書で大半のページを割いて解説している。個人的には、就職や転職を考える20代から30代のビジネスパーソンにとって絶対に読んで損のない内容だと感じた。要点をまとめるため、どうしても駆け足になってしまったので、より詳細に知りたい人はぜひ本書で確認してほしい。

■これからの時代は誰でも“プロ”を目指せる

 一昔前まで「日本人は長生き」であることを誇りに思う国民が多かった(はず)。しかし金融庁による「老後資金2000万円問題」を端緒に 、「長生きすればするほどお金に困る老後」という社会問題がとうとう浮き彫りになった。

 平均寿命が延び続ける一方で、年金制度をはじめとする社会保障は先細りする可能性が高い。私たちは「長生きというリスク」に対する備えが必要になってきたのだ。そのひとつとして、60歳以降もできるだけ働き続ける選択がある。

 政府は人生100年時代の到来を見据えて、定年後の継続雇用を70歳まで引き上げる改正法案を今年の通常国会で提出予定だ。この動きの一歩先をいく大手企業の中には、定年制度を撤廃したところもある。

 しかし先述のように、これからの時代はビジネスのデジタル化の波が押し寄せるので、その仕事に対応できない人材は厳しい現実を突きつけられるかもしれない。

 そこで中原氏が本書で提案するのが、「3年間でひとつのプロを目指し、1000人に1人の人材になる」ことだ。これが本書の核心であり、おそらく中原氏が最も訴えたかったことだ。

 一昔前であれば、ひとつの専門性を身につけるのに十数年を要した。ところがデジタル技術が発達した現在では、カメラ撮影技術、画像・映像編集技術、作詞作曲能力など、専門知識を誰でも学べるようになった。やる気次第では、3年ほどで「飯が食べられるプロ」になれる可能性がある。ビジネスのデジタル化が訪れるこれからの時代において、中原氏は「専門スキルの習得」を強く訴えている。

 では、本書のもうひとつの提案である「1000人に1人の人材」とは何か。これは、言い換えれば「1000人に1人しかいない天才」である。ところが中原氏は、デジタル技術が発達した現在では誰でも天才になれる可能性を示唆している。いったいどういうことか。それは本書で確認してほしい。ちなみにヒントは、先述の「3年ほどで飯が食べられるプロになれる」だ。

 そして中原氏は、どんな時代でもどんな社会でも、「絶対に企業から求められるスキル」についても述べている。それは「考える力」だ。言葉にしてみると簡単だが、実は「考える力」を持っているかどうかで、アメリカでは大きな経済格差が生じているという。気になる人はこちらも本書で確認してほしい。

 このように本書では、中原氏の鋭い指摘がいくつも光る。読み進めるほど「このまま漫然と会社員を続けていると、いつか働けなくなるかも…」と危機感を覚えるだろう。

 しかしそれに気づいて、先に行動できた人はデジタル化の波を越えていける人材になるはずだ。日本型雇用に大変革が訪れる今だからこそ、あらゆる変化に対応する備えが必要だ。人間に限らず、いま地球にいるほぼすべての生物は、環境の変化に適応することで生き残ってきたのだから。

文=いのうえゆきひろ