“売国奴って言われたくない”『パラサイト』ブームの韓国人が読まなければいけない「空気」が凄い

社会

2020/3/3

『韓国を支配する「空気」の研究(文春新書)』(牧野愛博/文藝春秋)

 2月9日、貧富の差を描いたポン・ジュノ監督の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が、第92回アカデミー賞において、外国映画では史上初となる作品賞のほか、監督賞、国際映画賞、脚本賞に輝く快挙を成し遂げた。

 このニュースに対する日本人のコメントをチェックしてみると、「これは素直にスゴイ」「韓国をほめると叩かれるが」など、称賛しつつもコメントの端々には、やはり昨今の冷え切った日韓関係という空気を読んだ言葉が目立つ。

 前朝日新聞ソウル支局長(現、編集委員)で、この20年間の韓国事情に精通する牧野愛博氏の著書、『韓国を支配する「空気」の研究(文春新書)』(文藝春秋)によれば、こうした周囲の空気を読むことを、韓国では「ヌンチをみる」と表現し、あらゆる世代がヌンチをみることに敏感になっているという。

韓国の人たちが読まなければいけない多様な「空気」とは?

 例えば、本書に登場するソウルで暮らす30歳のOLさん。訪日経験もあり、生粋の反日主義者などではない。それでも著者の「不買運動に参加しているか?」という質問には「もちろんです」と即答し、「若い人たちも他人の目を気にするのか?」という質問には、こう答えている。

ヌンチはみます。売国奴って言われたくないし

 ヌンチそのものの意味を「恵みのハングル」という韓国語解説サイトで調べてみると、「他人の気分や、何をしてほしいかを素早く感じ取る能力」だという。つまり「思いやる力」だ。

 それならばぜひ、日本や日本人に対してもヌンチをみてほしいものだが、そうもいかないのは、先のOLさんのように、母国内での対応で精一杯な事情があるからだろう。

 それもそのはずで、本書を読むとわかるのだが、韓国の人たちが読まなければいけない「空気」は様々だ。不買運動などの反日行動は、もちろんそのひとつだが、そればかりではない。

 激化する競争社会、高まる若年層の失業率と貧富の差。ツテとコネが幅を利かせる情実社会。男尊女婢ともとれる、悪しき風習が残る社会に対する女性の反発。そして歴代の大統領によっても社会の空気は様々に変わり、韓国内の脱北者たちの悲惨な現状からは、分断国家の宿命として背負わされた、重くよどんだ空気が漂う。

映画『パラサイト』にも出演した俳優のソン・ガンホ氏も登場!

 本書は、これら多種多様な「空気」を章ごとに分けて解説する。

 第1章では、日本製品の不買運動が本格化した経緯や、日本製品が人気になる理由(例えば韓国ビールがまずい理由)などにも触れながら、著者は韓国のコンビニやユニクロなどの店舗をまわり人々に取材する。

 家族での日本観光を楽しみにしていたある大学教授は、息子に「他人のインスタにでも映り込んだら大変だから」と泣く泣くキャンセル。本章を読むと、市井の人々から国会議員まで、いかに反日という空気を必死になって読んでいるかがわかる。

 こうした空気がより強まった背景には、「進歩勢力」である文在寅(ムン・ジェイン)政権の存在があるという。

 進歩勢力は、安全保障を米国に頼り、経済協力を日本に要請する保守勢力(前任の朴 槿恵〈パク・クネ〉大統領など)とは相反する考え方で、日本に対する強硬姿勢を崩さない。

 そのため日本が韓国に対して行った過去のプラス要素について、若い世代には伝わりにくい情報提供や教育のシステムがあることが、問題を大きくしている一因だという。

 韓国の様々な空気を通して、日韓の歴史や政治、韓国の諸事情が学べる本書が興味深いのは、冒頭にあげた映画『パラサイト』にも出演した俳優のソン・ガンホ氏のほか、じつに多彩・多層な社会の人々が登場し、韓国の今を伝えてくれるところだろう。

 その中には、辛潤賛さん(シン・ユンチャン)のような、日韓の懸け橋となることを自らの使命としている人もいる。辛さんは、2001年1月26日、JR新大久保駅のホームから転落した日本人を救おうとして犠牲になった韓国人留学生、李秀賢(イ・スヒョン、当時26歳)の母親である。

 そんな辛さんの「大勢の韓国人は、日本が大好きなんですよ」という言葉には、将来への希望が感じられるはずだ。

 また、近年の韓国でのベストセラー本『反日種族主義』『82年生まれ、キム・ジヨン』や、人気グループBIGBANGのメンバーが起こした「性接待事件」などの背景にも言及するほか、韓国の様々なスポット紹介のような要素もあり、観光ガイドには載らない隠れた名所・名店に出会える楽しさもある。

 そして、「ヘル朝鮮」と言われる熾烈な競争社会、ツテとコネの社会の現状は、韓国の若年世代が抱えるストレスを知るためのリアルな資料にもなる。

 特に「名門大学への不正入学」と「不当な兵役逃れ」は、即座にデモ騒動にもつながる2大タブーであることを、最近の韓国の文大統領の最側近、チョ・グク前法相の20代の娘が名門大に不正入学した疑惑に触れつつ解説している。

 ニュースからは伝わってこない、韓国の人たちの生の声を聞いてみたいという方に、最適な一冊だ。

文=町田光