ごくごく普通のアラサーOL、仕事はときどき隠密行動!? 現代を生きる忍者の痛快お仕事(!!)小説!『忍者だけど、OLやってます』

文芸・カルチャー

2020/4/5

『忍者だけど、OLやってます』(橘もも/双葉社)

 たとえば電車に乗っているとき、想像してしまうことがある。今、隣にいるこの人、エスパーだったらどうしよう。頭の中をぜんぶ読まれて、「なに考えてんのこの人」と笑われていたら恥ずかしい。一度そう思ってしまうと、周囲がみんな疑わしく思えてくる。この人は魔女、その人は超能力者、あの人は諜報員かもしれない。だから、街の雑踏に実は忍びの者がまぎれているという『忍者だけど、OLやってます』(橘もも/双葉社)の設定は、大変興味深いものなのであるが……こんなふうに考えている人、物語好きには多いのではあるまいか。

 とある商社で働く望月陽菜子には、秘密がある。ありふれたメイクや服装の、どこにでもいるアラサーOLに見える陽菜子だが、その正体は、遠い山奥にある忍者の里の頭領娘。実は毎朝2時間かけて施している「ありふれた」メイクや装いは、誰にも印象を残さず任務を遂行するための、忍者の里に伝わる技──里一番の落ちこぼれだった陽菜子が唯一褒められ、身に染みついている変身術だ。しかし陽菜子は、合理主義で利己的な里の人間たちを憎み、捨ててきた。二度と関わらないと誓って、逃げてきた。里との関わりは一切絶たれたが、だからこそ、好きな会社で、好きな仕事をして生きていられるのだ。

 そんなある日、陽菜子の上司・和泉沢創が、“書類”を失くしたと泣きついてきた。聞けば彼は、重要書類を持った帰り道、「親しくしている」ライバル商社の女性秘書と食事をしたらしい。陽菜子は心底うんざりした。お坊ちゃん育ちで底抜けに人が好い和泉沢は、彼女の仕業ではないと主張するが、どう考えても盗まれているではないか。仕方なく陽菜子は、会社のため、頭はいいが役に立たない上司のために、一度は封じた忍術を使って、書類を取り戻そうと奔走する。だが、書類の行方を探るうち、その背後に思いもよらない陰謀が見えはじめ……!?

 ごく普通のOLが、普通の会社で仕事をしながら、普通じゃない忍術バトルや、恋の駆け引きを繰り広げる──怒涛の展開を楽しむうちに、わたしたちはふと、あることに思い当たる。わたしたちは、会社で、電車で、隣の席に忍びの者が座っていても、その正体を見破ることはできないだろう。けれど、その人が忍者ではなかったとしても、相手の抱える本心や事情を、きっかけもなく知ることはできない。いや、自分の中にあるものでさえ、向き合うまでは正体がわからないこともある。ゆえに、忍びの者、つまり「人には裏がある」と知っている者は強いのだ。なにかを信じ、成し遂げようと、決められるのは自分だけ──その命(めい)に従うべきは、本当の意味では自分しかいないと知っているから。

 忍術バトルと言っても、荒唐無稽な化かし合いではないのでご安心を。本書に登場する忍術は、「これなら知り合いの中に忍者がいてもおかしくないな……」と思うくらいにはスマートで現代的だ。今日も会社で、ご家庭で、人知れずがんばっているすべての人に読んでほしい、異色異能のお仕事小説。読み終わるころには、自分で選んだ自分の暮らしに、ちょっと誇りを持てるようになっているはずだ。

文=三田ゆき

この記事で紹介した書籍ほか