表紙にはのんが登場!! 又吉直樹が小説の原点を綴りためたエッセイが文庫化

文芸・カルチャー

2020/4/10

本日発売の「文庫本」の内容をいち早く紹介!
サイズが小さいので移動などの持ち運びにも便利で、値段も手ごろに入手できるのが文庫本の魅力。読み逃していた“人気作品”を楽しむことができる、貴重なチャンスをお見逃しなく。

《以下のレビューは単行本刊行時(2013年8月)の紹介です》

『東京百景』(又吉直樹/KADOKAWA)

 お笑いコンビ、ピース又吉直樹の人気があなどれない。

 先日までOAされていたアフラックのCM「なんだか幸せシリーズ」では、仲里依紗との仲良し夫婦が“見ていて和む”“いい味出してる”と注目を集めた。かと思えば、10月にはよしもと×ホットスタッフpresents 第1弾として、あの真心ブラザーズとピースによるコラボイベント『真心ブラピース』~ウタとネタと小ネタの夕べ~』(2013年10月17日日本青年館)の開催が決定。又吉がシナリオを担当する。芸人きっての読書家であり、創造力あふれる筆力で執筆活動もこなす多才ぶりだ。

 そんな又吉が、初の単独書籍である自伝的エッセイ『東京百景』を上梓した。

 『マンスリーよしもとPLUS』で連載していた人気コラムに全面加筆したもので、“18歳で上京してからの想い出を東京の風景に託して書いた”という短編は全部で100。自他ともに認める太宰治好きとあって、太宰の『東京八景』になぞらえたとのこと。ときに芸人らしく面白可笑しく、ときに文学的に芥川龍之介の短編のような幻想的なタッチで綴り、その独特の世界に引きつけられる。

 自意識の強さや過剰さゆえに、つまずき挫折し傷つきがちな青春時代に眺める東京は、必ずしもあたたかく優しい景色ではないのだろう。地方から上京して初めて見た憧れの東京は、刺激的でどこか冷たい。日々さまざまな出来事に遭遇するうち、いつしか東京が畏怖や失望、絶望の象徴へと変わってゆく。今にも東京に踏みつぶされそうな20代の青年・又吉の目に映った東京は、辛く哀しくひたすら切ない。それはすべての東京の屍に捧ぐ景色。

 たとえば養成所時代、“自分のように平凡な人間が他人より目立つことは不可能だ”と感じて思わず嘔吐し、今も養成所近くの「山王日枝神社」を見るとえづいてしまうという繊細さ。

 花火大会の会場をカン違いした友人と横浜に来てしまい、恐縮する友を励まそうと観覧車から遥かかなた上空の花火を眺め、気まずさの中、なんとか気持ちをもりたてようと奮闘する「お台場の夜空」。

 「仰ぎ見る東京都庁」では、手の平に大切そうにハトをのせている女性像の頭の上にハトの糞が落ちているのを見て「愛するハトに真っ向から裏切られている状態だ。世界はこんなことばかりだと思った」という、可笑しさの中に漂うニヒリズム。

 中でも印象的なのは「池尻大橋の小さな部屋」だ。泣かず飛ばずで生活苦。体重も落ち、ドブの底を這うような日々を送る又吉青年は、ある日神社で女性と出会い、心が一気に軽くなる。共にすごす時間が少しずつ増え、彼女が不遇な又吉青年をけなげに支えて数年がたつ。彼の劇場の出番が増え、収入が増えていくのと入れ替わりに、明るかった彼女が深い森のような雰囲気に変わり、やがて体調を崩して東京を去り、実家へ戻ってしまう。彼女がいなくなった東京でひとり、彼女とディズニーランドにゆき、ゆずりあいっこなしで焼き肉を焼き、銀座で高級時計を買う光景を思い浮かべるという、じんわりと涙腺を刺激される1篇。

 ちなみに又吉は単行本の発売イベントで「4年ぐらい前から(恋人は)3年はいないと言っています」と独り身を強調し、女性と訪れた東京の街はないともコメントしている。

 大都会東京の片隅で、やっと息をつき始めた又吉の見る景色の中に「ルミネtheよしもと」が登場し、「スカイツリー」が現れ、お台場までタクシー移動する「六本木通りの交差点」や「麻布の地下にある空間」、「湾岸スタジオの片隅」と、とりまく環境が少しづつ変化を見せてゆく。

 爆音でギブソンのレスポールをかき鳴らしながら、ムダな自意識なんて捨てようと弾けた「梅が丘『リンキィディンクスタジオ』の密室」は、それまでの風景と比べて痛快だ。「東京は果てしなく残酷で時折楽しく稀に優しい」。

 人間、忙しくて気持ちや時間のゆとりがないときは、景色を見ても、目や心に入ってこないものだ。ちなみにあなたが東京の風景をじっくり立ち止まって見たのはいつだったか、覚えているだろうか。そして、その景色がもしも寂しいものだったら、ぜひこの本の扉を開いてほしい。「東京の気まぐれな優しさが途方も無く深いから嫌いになれなくなる」はずだ。

文=タニハタマユミ