一つ屋根の下に住む、女性と少年。彼らの関係は姉弟ではなくて…?

マンガ

更新日:2020/5/26

『昴とスーさん』(高橋那津子/KADOKAWA)

 大人になると、時折「ああ、小学生の頃に戻りたいなあ」なんて思う瞬間がある。無責任で、ただ楽しいことに夢中になる日々。でも、すぐに冷静になる。いまの精神状態で子どもに戻っても、とても無邪気には遊べないだろう。そもそも、歳を重ねるごとにできた、大切な人たちとの関係までリセットされてしまう。「子どもの頃に戻る」というのは、実はけっこう残酷なことだ。

 そんな残酷なことが、本当に自分の身にふりかかってしまったとしたら。高橋那津子氏が描く『昴とスーさん』(KADOKAWA)は、まさにそれが現実として起こってしまった物語である。

 第1巻を開くと、だぶだぶの服を着た少年が、歳の離れた女性を起こすシーンから始まる。「澪」「スーさん」と呼び合うふたりは、ゴミ出しで外に出るとアパートの大家に出くわす。大家に対して「下の階のおばさん」呼びをするスーさんに「すみません 弟が」と代わりに謝る澪。はたから見れば、仲睦まじい姉弟である。

advertisement

 しかし、澪が家を出ると一転、スーさんは疲れ果てたような顔で、シンクの下に手を伸ばす。そして、美味しそうにタバコを吸う。その慣れた手つきに読者は戸惑うが、その後ふたりのとある秘密が明かされる。

 スーさんは、小学生でも、澪の弟でもない。彼は、かつては23歳の青年であり、澪の2歳年上の彼氏であったのだ。

 23歳になった日、とつぜん幼き少年の姿に変貌してしまったスーさん。それ以来、ふたりは一切を隠し、姉弟のふりをして同居生活を送っている。本作は、理由もわからず奇妙な運命に巻き込まれたふたりの生活を描く。

 果たして、なぜスーさんは小さくなってしまったのか。ふたりにはまったく心当たりがない。小さくなったときと同じ条件を揃えても何も変わらない。ヒントのひとつもないまま、もはや諦めとともに生活をし続けるふたりの姿は、どこか哀愁がある。

 しかし、決して悲しいばかりの物語ではない。小さなスーさんに対しても変わらず愛情を注ぐ澪。一度は怪我で諦めた野球に再挑戦するスーさん。摩訶不思議な現象を理解し、彼らを手助けしようとするスーさんの前職(レストラン)の店長夫婦。彼らの眼差しはいつもあたたかく、読んでいて優しい気持ちになれる作品である。シャイでちょっと気難しいスーさんと、素直で愛嬌のある澪のふたりのやりとりは、ついニヤニヤしてしまう。

 そんなふたりの素朴な日常が描かれる中で、現在出ている第3巻まで読むと、スーさんが小さくなったことの謎がひとつ解き明かされることになる。しかし、やっと明らかになったヒントは、あまりにも残酷なものであった。

 できれば、スーさんには元どおりの姿になってほしい。しかし、物語がこの先どう進んでいくのかはまったく見えないままだ。愛らしくて、時々おかしくて、幸せな気持ちになるのに、なんだかずっと切ない。もはやどんな形でもいい、いつまでもふたりが幸せでいてくれますように、と願いながら読んでいる。

文=園田もなか