苦しむ人達を救ってきた「マカン・マラン」の店主シャールがカフェを開いた理由が明らかに…!「読書メーター」読みたい本ランキング1位のシリーズ最終話

文芸・カルチャー

公開日:2020/5/31

『さよならの夜食カフェ マカン・マランおしまい』(古内一絵/中央公論新社)

 舞台化粧のような派手なメイクに、ラメやスパンコールで輝いたやっぱり派手な衣装を身にまとう、身長180センチを超える大男。“おかま”じゃなくて、品格あるドラァグクイーン。それが、夜食を意味するカフェ「マカン・マラン」の店主・シャールだ。彼の店を訪れる迷える子羊たちを描いた、累計10万部突破のシリーズ最終巻となる4作目『さよならの夜食カフェ マカン・マランおしまい』(古内一絵/中央公論新社)では、シャールがなぜカフェを開くに至ったかが明かされる。

 中学時代から人柄もよく品行方正の人気者で、大手証券会社に勤める、非の打ち所のない美男子だった御厨清澄は、病をきっかけにシャールとして生きることを決意した。母親はすでに亡くなっていたけれど、存命の父からは拒絶され、それでも“自慢の息子”に戻ることはできなかったシャール。自分らしく生きることの代償を、痛いほど理解している彼がつくる滋味豊かな料理は、客の体だけでなく心も癒す。

 でも、シャールは? 彼はいったいどうやって、満身創痍の心を癒してきたのだろう? これまで、客とのふとした会話、とりわけ中学の同級生でいまだにシャールの存在を認めず「御厨」と呼び続ける柳田の視点を通じてほのかに描かれてきた彼の過去が、本作ではついにシャール自身によって語られる。

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〈ずっと、求められる人物像を務め続けてきた。自分が本当に好きなものから眼をそらし、期待される言動や態度を取った。それが“間違っている”であろう己を正す、唯一の方法だと強く思いこんでいたから〉――。ありのままの自分、という言葉が一時期はやったのは、ありのままを思う存分貫く強さなんて、たいていの人は備えていないからだ。普通とは違うことをしたら、嫌われて孤立してしまうかもしれない。大事な人をひどく傷つけてしまうかもしれない。そのおそれが、人を臆病にする。

 シャールは器用に立ち回れていたけれど、人の顔色ばかりうかがい、気を遣ってばかりなのに損してばかりの人もいるだろうし、逆に、周囲を気にしていたら生きていられないから、ふりきって突き進んだ結果、味方が誰もいなくなってしまう人もいるだろう。マカン・マランを訪れるのは、周囲と自分の折り合いをつけられずに壁にぶちあたった人ばかり。シャールはきっと、彼らに自分と近いものを見つけていたのだろうと最終巻を読み終えた今は思う。

 さくらんぼティラミスのエール。幻惑のキャロットケーキ。追憶のたまごスープ。饗される料理はどれもあたりまえの食材だけど非現実的な美しさをまとっている。それは、ありふれた個人だって組み合わせや調理次第でどれだけでも華やいでいけるのだという、シャールからのメッセージだったのだろう。

 人はみな孤独に、傷に耐えねばならない。けれど自分ばかりを憐れまず、他者の痛みに気づき、ときに寄り添い、支えられ、独りぼっちではないことに気づけたならば、それは明日への一歩を踏み出す勇気になる。外ならぬシャール自身が、今もその勇気をふりしぼりながら生きているから、マカン・マランは今日も客と読者を救うのである。

文=立花もも

♠『さよならの夜食カフェ マカン・マランおしまい』お品書き♧
第一話 「さくらんぼティラミスのエール」“ぼっち”に怯える女子高生に
第二話 「幻惑のキャロットケーキ」 時代の最先端をひっぱるイケメン料理人へ
第三話 「追憶のたまごスープ」 トロフィーワイフの立場に固執する若奥様に
第四話 「旅立ちのガレット・デ・ロワ」 お店を訪ねてきた美青年。彼に、シャールが渡したプレゼント