父は自殺、母は蒸発。実家が全焼した結果インフルエンサーになった男の生涯とは

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/19

『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』(実家が全焼したサノ/KADOKAWA)

 実家が火事になったのは小学生の頃。炎に包まれる家を見た父親は、保険金を多く貰いたいがために「全焼になれ!」と祈っていたそうだ(結果、全焼した)。その小学生時代には、カラオケで父親のナンパを手伝いもしたし、食べるものに困ってドッグフードを食べもした……。

 実家は全焼、母親は蒸発、父親は自殺。『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』(実家が全焼したサノ/KADOKAWA)に書かれた著者の半生は、とにかく壮絶だ。

 しかし、一つ一つのエピソードの細部には、そこはかとない可笑しさも漂っている。冒頭に記した話のように、色々とヤバいエピソードがある父親も、読むうちに愛おしい人物に感じられてくるのだ。

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 それは著者のサノ氏が、自身の置かれた壮絶な状況・壮絶な過去を、第三者の視点から眺めることができ、「この話をどう紹介したら人は楽しんでくれるだろうか」と考えられる人物だからなのだろう。

 著者のサノ氏はツイッターに自身の「切なかった出来事」を日々投稿。バズを連発している人物だ。本書ではバズる確率を高めるための方法として、「自分が面白いと思うものよりも、みんなが面白いと思うものを投稿する」とも書いている。

 壮絶な過去を「ほかの人が面白いと思う話」のように書くには、ある種の諦念(自分をあきらめること)や達観が必要だろう。「過去につらい経験をした人ほど、人に優しくなれる」とよく言われるが、サノ氏の文章にはその優しさを感じるのだ。

 本書で特に印象に残ったのは、彼が学生時代にNo.2にまで上り詰めたホストクラブでの話。彼はホストの仕事について、「『この世界のルール』で生きづらい人にとってのセーフティネットの役割を担っていた」「それは、お客様にとってだけでなく、ホストにとっても同じでした」と書いている。

 彼の文章から漂う優しさは、「社会の本流から外れてしまう人への視線の温かさ」なのだと思う。

 なお、ホストクラブの話では、トイレ掃除が得意だった売上の低い先輩が、いま働く居酒屋ではその真面目さが評価され、店長になったことを紹介。「あるルールでは活躍できなくても、違うルールでは活躍できる人はたくさんいると思います」と書いている。『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』という彼自身も、まさに「違うルール(で面白さが競われるSNS)では活躍できる人」の1人だったのだ。

文=古澤誠一郎