俺が死んでも「残機」が身代わりに!? 落ちぶれたプロゲーマーの再起を描く山田悠介最新作!

文芸・カルチャー

更新日:2020/9/12

俺の残機を投下します
『俺の残機を投下します』(山田悠介/河出書房新社)

「残機」とは、ゲームにおける自機の残り数のこと。プレイヤーがミスをするたびに残機は減り、すべて使い果たせばゲームオーバー。戦闘機などの機体に限らず、マリオのような人間のキャラクターに対しても使われるゲーム用語だ。

 だが、『俺の残機を投下します』(山田悠介/河出書房新社)における「残機」は、ゲーム内のキャラクター残数を示すだけではない。作中の世界では、人間にもひとりにつき3体の残機がいて、事故や病気などで本体が命を落とすと残機のうちの1体が消えるという。これは、そんな残機と出会った男の物語だ。

 舞台は、eスポーツがオリンピック正式種目となった近未来。主人公の上山一輝は10代からプロゲーマーとして活躍してきたが、30歳を前にして成績不振に。妻子を置いて家を飛び出したものの、賞金も稼げずバイト生活を余儀なくされている。心もすさみ、周囲とトラブルを起こしてばかりの毎日だ。

advertisement

 そんな一輝の前に現れたのが、彼と瓜二つの顔を持つシンヤ、リュウスケ、ダイゴの3人。聞けば、彼らは一輝の「残機」らしい。一輝が命を落とすようなことがあれば、彼らのうちの誰かが消えてしまう。そのため、自暴自棄な生き方をする一輝が命を危険に晒さないよう、注意しに来たのだという。「僕らにもやりたいことがあるんですよ」──3人はそう言い募るが、一輝は真剣に受け止めない。それどころか、同じ顔をした3人にバイトを代わるよう命じる始末だ。

 だが、残機たちの数奇な運命に触れるにつれ、一輝の心にも変化が生じはじめる。認知症の老人の世話をし、彼を思い出の場所に連れていきたいと話すシンヤ。世界的なアーティストになるため、残機ではなく自分自身として生きたいと切望するリュウスケ。小学生の頃から一輝を陰ながら見守り、一輝の夢を叶えたいと語るダイゴ。さらに、別れた妻や息子との交流を通じて、一輝はかつての輝きを取り戻していく。やがて迎えたeスポーツワールドカップ、一輝は格闘ゲーム部門で快進撃を見せるのだが…?

 序盤は捨て鉢な言動を繰り返す一輝だが、後半にかけての成長曲線の描き方はすがすがしくも気持ちいい。再起していく一輝を見守るうち、「もしも自分に残機がいたら」という現実離れした疑問も胸に湧き上がってくる。「まだ3機あるし」と好き勝手に生きるか、それとも自分の身代わりとして生を受けた残機を尊重し、彼らの人生をまっとうさせるか。残機の人生に思いをめぐらすことで、自分自身の生き方を考え直す契機にもなっている。

 eスポーツの世界を描きつつ、「残機」という奇想を取り入れた設定。家族の絆と再生をつづった感動的なストーリー。これだけでも十分にエンターテインメント性を味わえるが、このままでは終わらないのが山田悠介作品らしいところ。ラスト2ページには、世界がグニャリとゆがむようなじんわり不気味な驚きが待っている。

 なお、著者の前作『僕はロボットごしの君に恋をする』に続き、本作でもトップクリエイターが参加するPV( https://youtu.be/i1iOdMuneho )を公開中。作詞作曲は人気ボカロPのカンザキイオリさん、歌はバーチャルシンガーの花譜さん、イラストはアニメ「キズナイーバー」のキャラクターデザインを手掛けた米山舞さんが担当。さらに、梶裕貴さんと花澤香菜さんが一輝と元妻の結衣を演じるという豪華布陣になっている。作品の世界観に厚みを増すため、ぜひ1度ご視聴を。

文=野本由起