あの食品偽装事件を覚えてる? 誤解された「日本型食生活」とは

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/1

〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史

著:
出版社:
春秋社
発売日:
〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史
『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』(畑中 三応子/春秋社)

 新型コロナウイルス禍の中、怪しげなアルコールジェルやマスクが出回っているせいか、ネットや店頭で外国産を避けて国産品にこだわる声を見聞きした。しかし以前に、わざわざ日本に来てメイド・イン・チャイナの商品を買い付ける中国人にその理由を尋ねてみたら、日本企業の中国産なら安心できるからと云われ、なんとも珍妙な気持ちになったものである。同様にこのグローバル化した時代、食品で「国産」を謳っているのも滑稽に思っていたのだけれど、『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』(畑中 三応子/春秋社)を読んでみたら、お米については事情が違うというのを初めて知った。

 本書を手にしたのは、日本の食文化の変遷を実際のメニューを例に挙げて並べるだけの軽めの内容かと思い、スナック菓子をつまむ感覚だった。ところが、国内で起きた食中毒事件や食品偽装事件、日本を取り巻く国際的な動向など、絡み合った複雑な事情をひもといていくという、まるで重厚なサスペンス小説のような読み応えで、思わぬ本格的料理に驚かされた。

「当店はすべて国産米です」の謎

 この表示、実は宣伝のためではなく、「米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律(米トレーサビリティ法)」に基づいており、生産者や販売者のみならず外食店も消費者に伝達しなかった場合は、50万円以下の罰金が適用されるのだそうだ。興味深いのは、この法律が制定される契機となったのが、工業用として政府から米を購入した大阪の米穀加工販売会社が、食用と偽って転売した事件である点。

 その米は、関税の関係で日本が一定量の輸入を義務づけられているミニマムアクセスによる汚染米で、中国やベトナムなどの外国産だったことから、「外国産米は危ない」という不信感を人々が持つこととなった。しかし、この事件における問題は米の産地ではない。国内企業による偽装を取り締まるための施策が、まるで国産品の品質まで保証しているかのように誤解されるのは、おかしな話だ。

食品にまつわる事件とブームを覚えているか

 人の記憶は曖昧なもので、本書には2001年に起きたBSE(狂牛病)で国からの補助金を騙し取った「雪印牛肉偽装事件」や、2007年の「不二家期限切れ原材料使用事件」に「赤福製造日偽装表示事件」など、国内企業の不祥事が列挙されていて、読めば思い出すものの忘れていたのは事実。一方で2008年の「中国製冷凍ギョーザ中毒事件」は覚えていて、「中国産は毒食品だ」といった言説が一般的な認識にもなった。でも、青梗菜(チンゲンサイ)やニンニクの芽などの中国野菜が家庭料理に普及した80年代には、中国野菜が「安全で、形が悪くても野菜本来のおいしさがある」とブームになっていたことは、記憶の彼方である。

米は日本人の国産信仰の原点?

 明治維新と文明開化で舶来物がもてはやされ、肉料理などを庶民も食べるようになった。しかし同時に、雑穀主体だった農村部まで主食に白米の割合が増えたことから国産では需要を満たせなくなり、なんと明治時代にはもう米の輸入が始まっていたという。その産地はさまざまで、仏領インドシナ、タイ、ビルマ、中国などのアジアだけでなくアメリカのカルフォルニアも含まれていたというから驚きだ。

 そして大正時代には、朝鮮米と台湾米以外の外国からの米は粒が細いインディカ種で、「その不味いのは我慢するとして、外米の腹にこたえないこと夥(おびた)だしい」といった不満が雑誌に載っていたという。現代の科学的な視点で見れば、インディカ種はジャポニカ種よりタンパク質含有量が若干多く、カロリーや他の栄養成分は変わらないそうだから、著者は「国産米信仰の原点という感じだ」と述べている。

齟齬のある“日本型食生活”の起源は「食料安全保障」

 現在は「食糧」ではなく「食料」となっているが、1979年に大平正芳首相の主導で設立された「総合安全保障戦略 : 総合安全保障研究グループ」という政策研究会が、日米関係、対中・対ソ関係、エネルギー安全保障などと並び、「食糧安全保障」を政策課題として掲げた。70年代にオイルショックが起きたことと、大豆の97%をアメリカからの輸入に頼っていた状況の中でアメリカが大豆の輸出を禁止したことから、「日本を食糧危機が襲う」という報道が世間を騒がせる事態となっていたためである。

 その総合安全保障戦略の内容を受けて農政審議会に出された答申「80年代の農政の基本方向」に、「日本型食生活」という言葉が使われた。著者は、この点に関して「日本型」と名付けたのが間違いだったと指摘しており、理由の一つに「1970年代の平均的な食事パターンを指している」ことを挙げている。つまり、いわゆる海外で日本をイメージさせる伝統食とも云える和食ではなく、肉や乳製品なども摂る近代食を勧めているのだ。せめて「栄養バランス型」などにすれば、意味が正確に伝わりやすかったのではないかという著者の言葉には、私も大きく頷きたくなる。

 確かお好み焼きの起源は、まだ舶来物の洋食が高級料理だった頃に、「見立て遊び」として小麦粉で模した駄菓子が発祥という説もある。だからといって、お好み焼きが料理の偽物ということはないし、そればかりを食べる偏食さえしなければ、体に悪いということも無いだろう。遊び心のような余裕を持って、食事を愉しみたいものである。

文=清水銀嶺

この記事で紹介した書籍ほか

〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史

著:
出版社:
春秋社
発売日:
ISBN:
9784393751251