恋文は基本3回無視、キャリアウーマンには嫉妬と中傷…平安貴族の恋愛と仕事はラクじゃない!

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/8

平安貴族 嫉妬と寵愛の作法
『平安貴族 嫉妬と寵愛の作法』(繁田 信一/ジー・ビー)

 今から千年以上も昔、紫式部や清少納言といった女流作家が活躍した平安時代に対し、雅で風流なイメージを持っている人は多いだろう。しかし、『平安貴族 嫉妬と寵愛の作法』(繁田 信一/ジー・ビー)を読んでみると、時代は違えど人間のすることに大差は無いようで、なんだか親近感が湧いてしまった。また同時に、現代の感覚からすれば理解しづらい文化は新鮮でもあり、好奇心を刺激される。

平安時代は文明開化から独自の発展を遂げた時代

 明治維新後に外国の文化を取り入れて人々の生活様式が変わり、新しい文化が創造されたように、平安時代は「唐風文化から国風文化へ」と変わっていった時期でもある。例えば「かな文字」の一種である平仮名は、この時代に漢字をもとにして作られたものだし、現在の中国に位置する唐の文化の影響を受けた服装は日本の風土に合わせ、いわゆる和風なものへと変わっていった。それらは、唐へ派遣していた外交使節団の遣唐使を停止したことが契機となったらしく、奈良時代に「世界の中でも屈指の先進国」であり手本としてきた唐の文化からの脱却でもあった。奈良時代に成立した『万葉集』には梅の歌が桜の歌より3倍ほど多く収録されていたのに対して、平安時代に編まれた『古今和歌集』では逆転して桜の方が多くなったことにも、独自の文化が花開いたことが表れている。

宮仕えはツライよ。当時もあった職場イジメ

 かな文字が平仮名として現代に残っているように、意外な用語が受け継がれているのが面白い。現在の妻という意味は無いが、宮中(きゅうちゅう)や貴族宅で働く女性たちを「女房」と呼んでいたそうで、「房」が部屋を意味することから部屋の持ち主を指すようになったという。つまりは、働く女性のことである。「世界最古の長編小説」と称される『源氏物語』を執筆した紫式部も女房として働いており、当時から高い評価を受け、一条(いちじょう)天皇にもその才覚を讃えられていた。

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 そこで起こるのが、女の嫉妬。紫式部自身がどのような目に遭っていたかの記録は残っていないものの、作中に描かれている同僚によるイジメから、わざと当人が気づくように目の前でヒソヒソ話をしたり無視をしたりはもちろん、自室から天皇のもとへ向かう途中の廊下に汚物をまくなどの嫌がらせを受けていたであろうことが推察されるという。実際、紫式部は当時女性でありながらも漢文を得意としていたのを、「日本紀の御局(みつぼね)」と揶揄され、5ヶ月ほど仕事に出ずに引きこもってしまったという。

顔の見えない交際から結婚へ

 ところで、この時代の女性貴族は文字通り家から一歩も出ないまま結婚する箱入り娘タイプと、女房として勤めに出るキャリアウーマンタイプとに分かれており、男性貴族と顔を合わせる女房は「はしたない職業」として軽蔑の対象だったそうだ。千年前にしては、女性の働く環境が整っていることに感心するし、働く女性が世間の無理解の中で苦労しているのが現世的でもある。

 当時の女性貴族は10代前半で成人すると、たとえ親兄弟であっても御簾(みす)越しに対面したり扇で顔を隠したりして会話をするのが習慣だったから、なおさら風当たりが強かったのだろう。そのため、顔も分からぬまま「噂や評判を聞いて恋に落ちるのが平安貴族の恋愛スタイル」で、男性の噂を女性に、あるいは女性の噂を男性に伝える仲介者が存在した。それを「ナカダチ」または「ナコウド」と呼び、現在の仲人の語源と考えられるが、役割としては結婚相談所に近かったようである。

男は既読スルーにもめげずにプロポーズし続けなければならない

 そんな訳なので、結婚相手の素顔を知るのは初夜を過ごした翌朝。その時になって初めて、相手の容姿が噂通りか噂と違うかを確かめることになるため、『源氏物語』には光源氏が末摘花(すえつむはな)という姫君の素顔を目の当たりにして「その不美人ぶりに心底驚いてしまう」なんていう話も載っている。ただ、当時は結婚後も夫が妻のもとに通う「通い婚」が普通で、披露宴が行われるのは結婚してから三日目の夜のことだから、三夜連続で通わなければ婚姻は成立しなかった。また、当時は同居するにしても夫が妻の家に入る婿入りが主流だったのだが、妻が「おしゃべりであること」や「嫉妬が激しいこと」など7つの条件のうち一つでも当てはまれば夫側から離婚でき、通い婚の場合には夫が通わなくなるだけで離婚が成立した。

 多くの男性貴族が2~3人の妻を持っていた一夫多妻制の点からしても、なにやら男性優位のように思えるが、同居の場合は離婚により家を追い出されるのは夫であり、通い婚でも妾たちへの資金援助をするのは夫の務め。それに、男性側から結婚へとたどり着くまでが結構大変だった。プロポーズの手紙は男性から送るのがルールのうえ、女性の側は3~4回は無視して然る後に「つれない返事」を送り返すのがルールだというのだからたまらない。つまり男は、3~4回くらいの既読スルーにもめげずに、好きだという想いを相手に繰り返し伝えなければならないのだ。ただし、本書によれば「何十通と手紙を送って返事すらない場合は、本当に脈がないといえる」とのこと。私なんか、好きな女性に3~4回も既読スルーされたら心が折れそうである。

文=清水銀嶺