正直もう方法がわからない…保育園やめたほうがいいのかな? 息子がADHDと聞いて「ほっ」とした漫画家ママの子育てコミックエッセイ

出産・子育て

公開日:2020/12/15

漫画家ママの うちの子はADHD
『漫画家ママの うちの子はADHD』(かなしろにゃんこ。:著、田中康雄:監修/講談社)

 どれだけわが子を愛していようとも、どれだけ真正面から子育てに向き合おうとも、頭の中をのぞけるわけではない。ときに子どもの行動が理解できず、困惑させられることがある。

 ましてわが子に発達障害があって、それを知らずに育てていた場合、親の苦労がどれほどになるのか想像もつかない。

 なぜこの子は学校でこんなことをしたのだろう。なぜこの子は他の子のようにできないのだろう。しつけがなっていないのか。愛情が足りていないのか。自分に親としての自覚が足りないのか。わが子が問題行動を起こす度に、親は痛いほど自分を責めたてる。すべて自分が悪いのではないか、と。

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 子育てコミックエッセイ『漫画家ママの うちの子はADHD』(かなしろにゃんこ。:著、田中康雄:監修/講談社)は、漫画家の母親がそんな苦しさを乗り越え、発達障害のある息子と新たな一歩を踏み出すまでを描いた作品だ。

あたしが甘やかしているから悪いのかな…

 漫画家のかなしろにゃんこ。さんには、息子「リュウ太くん」がいる。リュウ太くんには、ADHDと、軽いASDがあった。

 ADHDとは発達障害のひとつで、主に「不注意」「多動性」「衝動性」の特性がある。ASDとは「自閉スペクトラム症」のことで、一般的に対人関係やコミュニケーションが苦手。さらに強いこだわりがあるとされる。

 わが子に発達障害があるとは微塵も考えなかったかなしろさん。リュウ太くんが保育園に通い始めた5歳のときから、子育ての困難に向き合うことになる。

 ある日、先生がかなしろさんを呼び止めた。リュウ太くんが4月からずっと保育園で荒れていて、一度その様子をのぞいてみてほしい、と言う。ビビりながらも承諾したかなしろさんは、先生が用意した「のぞき穴」からリュウ太くんの様子をこっそり盗み見る。

漫画家ママの うちの子はADHD p.8-9

 なんとリュウ太くんは、理由もなく友達に暴力をふるい、怒り狂い、オモチャを投げて、挙句の果てに泣いていた。まさにチビっ子ランボー。あまりの光景に、かなしろさんは卒倒しかかってしまう。

 その後、保育園の先生から「リュウ太くんは乱暴な子というイメージがついています。イライラするのは愛情不足かもしれません」と指摘を受ける。それからも保育園での問題行動は続き、家でも片づけができず、言うことを聞かず、疲れ果てたかなしろさんは、夫に子育ての相談をした。すると夫は…

おまえが家でリュウ太を甘やかすから園でもわがままになるんだろう
もっと厳しく育てろよ

と言い放った。この描写には目を丸くする読者も多いだろう。その夜、かなしろさんは…

あたしが甘やかしているから悪いのかな…
しつけが足りないのかな…
そんなに愛情をかけてないのかな…

と息子の寝顔を見ながら悩んだ。

 ここまでのエピソードを読むだけで胸を痛める。ここであえて読者がわかっているであろうことを付け加えると、問題児のリュウ太くんにも可愛らしい一面があることだ。「かわいいもの」に目がないし、ありがとうと褒められると大変得意げな表情を見せるし、大好きなプラモデルは「全集中」で取り組む。言うまでもなく、かなしろさんにとってリュウ太くんは愛おしい最愛の息子。

漫画家ママの うちの子はADHD p.60-61

 本当は、リュウ太は悪い子じゃない。そのうちうまくいく。そう願いながら、保育園での日々を応援していたのだが…残念ながら、本当の困難はここからだった。

正直もう方法がわからない

 あるとき保育園へ迎えに行くと…リュウ太くんが廊下のすみに座っている。かなしろさんが「教室に入りなさいよ」と促しても「ヤダ、ここがいい」と拒否。かなしろさんは何かあったなと察した。

 そこへ保育園の先生がやってきた。そしてこう言う。「実は今日、お教室のみんなでリュウ太くんについて会議をしたんです」。

漫画家ママの うちの子はADHD p.22-23

 なんと教室のみんながリュウ太くんに向かって、「こわくてヤダ」とか、「そんなことするのはともだちじゃない」とか、普段から思っていることを口にしたのだ。それも先生公認の場で。

 おそらく読者は驚きで声も出ないと思う。保育園でどんな判断があったのかは分からない。よほどリュウ太くんの行動に問題があったのかもしれない。しかし「つるし上げ」のような屈辱を、年端も行かない子どもに体験させるとは…。

 その帰り道、かなしろさんはショックで言葉が出なくて、泣いた。どうしたら変われるんだろう。どういいきかせればやめてくれるんだろう…。

正直もう方法がわからない

保育園やめたほうがいいのかな…

 ADHDのある子どもは育つ過程において、注意や叱責の嵐にさらされ、孤立感を覚え、周囲へのとけこみにくさを自覚しやすい環境におかれる。そのため子どもはひとりで傷つき、そして傷ついたわが子を見て親も自分を責めてしまう。

 本当は、リュウ太くんに悪気はない。友達を殴りたいわけじゃないし、周囲に迷惑をかけたいとも思っていない。ただ発達障害の特性が、社会生活を困難にしているだけだ。

ですから対応は、ADHDの特性を理解したうえで、この障害のある子どもたちを励まし、子育てに悩み立往生している親をねぎらうことです。わかりやすく、時間をかけて励まし続けることで、子どもが本来もっている能力の可能性を開花させ、自己評価あるいは自尊感情を高めることを目指したいのです。

 本書の最後では、この本を監修する田中康雄先生が、発達障害のある子どもを育てる上でのポイントを、このように述べている。

 しかし、かなしろさんはもちろん、父親や保育園の先生も、リュウ太くんの問題行動の原因に気づけなかった。当時はまだ、「発達障害」という言葉が世間に知られはじめたばかりの時期だったからだ。

初めて自分の子育てを責められず、リュウ太を認めてもらえた

 本書でもっとも印象的な2ページがある。なんとか保育園を卒園して、小学校へ入学したリュウ太くん。かなしろさんは「手のかからないお兄さんに成長してくれるはず」と期待を込めて息子を見送った。

 しかし発達障害を原因とする問題行動は、保育園時代より悪化。リュウ太くんの気持ちを静めるための特設スペースが設けられたり、あわや指を1本失いかけたり、リュウ太くんとの対話に疲れ果てたかなしろさんが自分で後悔するような言葉を吐いたり、親子を悩ます困難が次々に巻き起こった。

漫画家ママの うちの子はADHD p.46

漫画家ママの うちの子はADHD p.56

 その結果、2年生のときに学校の先生の勧めで児童教育相談所へ通うようになり、さらに3年生のときに相談所で子どもの心の発達臨床研究所を勧められ、ついに夫妻はリュウ太くんの発達障害を知ることになる。

落ちつきがなかったり
キレやすかったり
そそっかしくてケガをしやすかったり
ADHDの子の特徴ではあります

よく親のしつけが足りないからだ
親のせいなんだと気になさいますが
しつけのせいじゃないんですよ

 医師からこの言葉を聞いたとき、かなしろさんはなぜか「ほっ」としたという。

漫画家ママの うちの子はADHD p.94-95

 初めて自分の子育てを責められず、リュウ太を認めてもらえた。すーっと肩の力が抜けて、涙が出てきた。かなしろさんの心にどれだけ子育ての困難が、重くのしかかっていたか、深くわかる。

 どんなにわが子を愛そうとも、うまくいかないこともあるのが子育てだ。まして発達障害があれば、子育ての困難は一層深まる。そんなとき親の苦労は想像もできない。自分を責めたて、立ち直れなくなることもあるだろう。

 もし子育てが辛くて悩んでいるときは、かなしろさんの、この子育てエッセイを読んでほしい。わが子に振り回され、ときに親としてあるまじき態度をとってしまいながらも、諦めることなく子育てに向き合う姿勢に胸打たれ、励まされるに違いない。

文=いのうえゆきひろ