大物俳優や世界的人気歌手も逮捕。伝説の麻薬取締官が今語る、薬物犯罪摘発の現場

社会

公開日:2020/11/23

『厚生省最後の麻薬取締官 薬物犯罪の摘発に命を懸けた男たち』(小林潔/徳間書店)

 テレビなどで芸能人の薬物事件が報道されると、人々の興味は使用に至った背景に向けられがち。しかし、その逮捕劇の裏には地道な捜査をし薬物の撲滅を願う麻薬取締官がいることも忘れてはいけない。『厚生省最後の麻薬取締官 薬物犯罪の摘発に命を懸けた男たち』(小林潔/徳間書店)は麻薬取締官の努力が知れ、薬物の恐ろしさを再認識できる告白本だ。
 
 著者の小林氏は、元厚生労働省関東信越厚生局麻薬取締部捜査第一課長。40年近い半生を、違法薬物の摘発に捧げてきた。本書には、小林氏が行ってきた捜査の内情が詳しく綴られている。

オトリ捜査や大物俳優の逮捕まで…麻薬取締官として奮闘した日々

 麻薬取締官は「エス」と呼ばれる協力者からの情報提供をもとに尾行や張り込みをして捜査対象を絞り込み、証拠を固め、犯人を逮捕する。通常捜査だけでなく、大量の麻薬が密売されるような重大事件では、オトリ・潜入捜査が行われることも。小林氏もこれまでに20数件のオトリ捜査で主役となったり、暴力団組長の兄弟分として組織に単身潜入したりしてきた。

 決して筋書き通りにはいかないオトリ捜査は、己の演技力と精神力だけが頼り。本書ではヤクザに籠絡され二重スパイとなってしまった部下の話や、命を懸けて行った5000万円分の覚せい剤取引など、生々しいオトリ捜査の実情を暴露。各エピソードには、実話だからこそ漂う緊張感がある。

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 小林氏はこれまでに、芸能人も数多く逮捕してきた。その中でも、特に手ごわかったのが人気俳優A。協力者から大麻を乱用していると聞き、小林氏らはAを徹底的に分析し、逮捕に踏み切ったという。

 部屋の中には常習性を感じさせる道具がそろっており、大麻タバコの吸い殻も。だが、Aは表情すら変えず、使用を否定。そこで大麻所持で緊急逮捕をし、改めて弁明の機会を与えると所持は認めたものの、使用は否定。大麻は1度も使っておらず、ファンが勝手に送ってきたものだと主張した。

 そこから供述は二転三転。自分で作ったストーリーを淡々と繰り返すAと、些細な矛盾も見逃すまいとする取締官は気が遠くなるような攻防戦を繰り広げる。完落ち寸前まで追い詰めたかと思いきや、Aが出房拒否し始めるなど、一筋縄ではいかない闘いに読者もハラハラ。頑なに入手先を言わないAが漏らした「芸能人なんて弱いんですよ」の真意を知ると、複雑な気持ちになるはずだ。

 ほんの小さな心の隙間に上手く入り込み、その人を食いつぶしてしまう…。薬物には、そんな怖さがあるのだ。

 小林氏は他にも、さまざまな薬物事件の裏側を紹介。世界中を震撼させた元ビートルズのメンバー、ポール・マッカートニーを逮捕した際の苦い裏話や、恋人と大麻を乱用していた大物女性歌手宅に踏み込んだ時の話など、今だから話せる実情はどれも衝撃的。

 薬物犯罪は、時代の流れに合わせて多様化。薬物自体も取締官の目をかいくぐるべく、常に進化し続けている。近年では大麻事犯の検挙人数が増加しており、20代以下の検挙者が増えているという。

 そんな中で薬物から身を守るには、どうすればいいのだろうか。薬物に魂を売る人々を救い、捜査に明け暮れてきた小林氏の捜査記録を知ると、そんな問いを自分に対して投げかけたくなる。

“やり残したこと、心残りはたくさんある。できれば、死ぬまで麻薬取締官でありたかったと思うことも事実だ。”

 現役を退いてもなお、薬物撲滅を心から祈る小林氏。彼が文字通り、命を懸け、情熱を注いできた日々を知り、本書を通じて薬物の恐ろしさを再認識してほしい。

文=古川諭香