アン・ハサウェイ出演の人気ドラマ『モダン・ラブ』原作“実話”集、さまざまな愛を詰め込んだ珠玉のエッセイ本

文芸・カルチャー

更新日:2020/12/13

モダンラブ
『モダンラブ いくつもの出会い、とっておきの恋 ニューヨーク・タイムズ掲載の本当にあった21の物語』(河出書房新社)

 愛とは何だろう。時に痛かったり、心が満たされたり、一瞬で過ぎ去ったり、永遠に続くようであったり、最悪な面もあれば、最高の一面もある。

 そんな掴みどころのない愛のカタチを確かに感じられて、すでに多くの人たちの心を温めてきたエッセイ集がある。アメリカの日刊新聞紙のニューヨーク・タイムズの人気コラム『Modern Love』 だ。このコーナーには、実際に投稿された愛にまつわるさまざまなエッセイが掲載されている。

 2019年には、これらのエッセイを基にしたオムニバス形式のドラマ『モダン・ラブ 〜今日もNYの街角で〜』が、Amazonプライム・ビデオから配信されている。1話30分程度で気軽に楽しめて、ほろりと泣ける人気作で、すでにシーズン2の製作が決定済みだ。

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 そして2020年10月、『Modern Love』創設時からの編集者・ダニエル・ジョーンズ氏が編集、桑原洋子氏が翻訳をつとめた『モダンラブ いくつもの出会い、とっておきの恋 ニューヨーク・タイムズ掲載の本当にあった21の物語』(河出書房新社)が刊行された。本書は、『Modern Love』 に掲載された21の“愛の実話”を詰め込んだ1冊である。

 本書の最初に掲載されている「ドアマンは私の特別な人」は、Amazonプライム・ビデオでも1話目にあたる。ダメ男ばかりを好きになってしまう女性の投稿者(ドラマ版ではマギー)と、彼女が住むマンションのドアマン、グジム(ドラマ版ではグズミン)との、娘と父のような関係性を描いた内容だ。

 もちろんふたりは実の親子ではないし、その後恋愛関係に発展する――といった内容でもない。投稿者はある日、「(あの男は)気に入りませんな」というグジムの忠告を聞かず、将来を共にする気のない相手との子を身ごもってしまう。

 投稿者はひとりで生むことを決意するのだが、実の親はシングルマザーとして生きると決めた娘の将来を案じ、友人は応援してくれるものの、相手は? 振ったの、振られたの? と興味津々。そんな中で、グジムだけが以前と変わらず、何のしがらみもなく投稿者と接する。そして生まれてきた子を、心から祝福する。

 グジムのまっすぐな愛情は投稿者だけでなく、読者(視聴者)すら救われるような、温かい気持ちにさせる。本書を読むとドラマ版は多少脚色されていることが分かるが、だからといって感動が薄れるわけではない。筆者はドラマ版でも、本書でもすっかり目を腫らしてしまった。

 ドラマ版でアン・ハサウェイが主演をつとめた「ありのままの私を受け止めて」というエッセイでは、躁うつ病でアップダウンの激しい日々を送る女性の悲しい恋の記憶が綴られる。ドラマ版では躁状態の様子をミュージカル風に演出し、アン・ハサウェイの美しさが眩しいくらい際立つ。一方でうつ状態に陥ると、「本当にこれもアン・ハサウェイ?」と疑いたくなるくらい、10歳以上は老け込んで見える暗い人物に変わる。

「ありのままの私を受け止めて」という題名は、一見相手に重たい要求をしているように映るかもしれない。しかしエッセイを読み終えると、投稿者がそんな相手と出会えることを願わずにはいられなくなる。

 彼女の場合、“躁うつ病だから”恋がうまくいかない、というわけではない。“ありのままの私”をさらけ出すのが怖くて、相手に本当の自分を知ってもらう前に、彼女の恋はいつも終わってしまうのだ。このエッセイは、愛に臆病な人の背中をそっと押すような優しさに満ちている。

 この他にも、友人夫婦と“3人”で過ごす居心地のよさにすっかり馴染んで、自分の恋愛を放棄してしまった男性、キリスト教信者なのに同性を好きになってしまい葛藤する女性、癌で余命少ない中、愛する夫に恋人ができるように手紙をしたためる女性など、本書にはさまざまな愛の実話が収録されている。ひとつとして、同じ愛の物語は見当たらない。

 改めて、愛とはなんだろう。本書の編集まえがきには、こうある。

私にとって愛とは、ひと言で定義できるものではなく、具体例で示されるものだからだ。だから、「モダンラブ」のコラム――そして本書――に描かれた、万華鏡を覗いたような千差万別の経験は、辞書などよりはるかに確実に愛を表現していると私は思う。

 自分の書棚や寝室など、そっと近くにあってほしい。特別な日でも、そうでない日でも、何気なく手に取っては、繰り返し読みたい1冊だ。

文=ひがしあや