南極に隠された“災厄”と“秘密”――江戸川乱歩賞受賞の巨大スケール冒険ロマンが文庫化!

文芸・カルチャー

更新日:2022/12/5

本日発売の「文庫本」の内容をいち早く紹介!
サイズが小さいので移動などの持ち運びにも便利で、値段も手ごろに入手できるのが文庫本の魅力。読み逃していた“人気作品”を楽しむことができる、貴重なチャンスをお見逃しなく。

《以下のレビューは単行本刊行時(2018年9月)の紹介です》

『到達不能極』(斉藤詠一/講談社)

 到達不能極――。それは、陸のなかで最も海から遠い点、あるいは海のなかで陸から最も遠い点のことである。“不能”といっても本当にたどり着けないわけではないのだが、私たちが行こうとしてもむずかしい場所ばかりだ。その中でも最も到達が困難なのは、やはり南極大陸にある到達不能極であろう。1958年、旧ソ連の探検隊が人類で初めて到達することに成功し、「到達不能極基地」を建設したといわれている。本記事で紹介する『到達不能極』(斉藤詠一/講談社)は、そうした歴史的事実を踏まえながらも、その裏であり得たかもしれない物語を描く壮大な冒険小説だ。終戦間近の1945年と、そこから70年以上の時が流れた2018年。ふたつの時代を行き来しながら、南極の到達不能極に秘められた謎に迫っていく。

 物語は2018年2月の南極から始まる。旅行代理店に勤める望月拓海は、添乗員として南極観光のチャーター機に搭乗していた。だが、突然システムに異常が発生し、今は使われていないアメリカの観測基地にやむなく不時着することになる。望月は、南極に来た経験があるというベイカーと共に基地内部の探索を開始するが、そこでミイラ化した男の死体を見つけてしまう…。

 同時並行で描かれるのは、日本の敗戦が見え始めた1945年1月。訓練生の星野信之は、マレーシアのペナン島にある日本海軍基地で、実戦投入前の最後の教育を受けていた。星野は、使い走りで訪れる「ホテル・ベルリン」の美しい娘・ロッテにほのかな恋心を抱いているのだが、ある日、ドイツから来た科学者とロッテ嬢を南極にあるナチスの基地へと護送する任務を与えられる。どうやらそこでは“戦局を一気に逆転するための秘密の研究”が行われているというのだが…。

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 本作の何よりの魅力は、まるでその時代、その場所に自分が行ったかのように感じられる文章の強度だ。夏でもマイナス35度から45度だという南極で暮らす過酷さも、敗戦の空気を感じながら日々を生きる日本兵の心情も、普通に生きている私たちは、近い経験すらすることができない。それでもこの小説が説得力を持ち、読み手の心を掴んで離さないのは、著者が誠実にその世界を知ろうとし、そこに生きる人々に想いを巡らせているからだ。本作を世に送り出した江戸川乱歩賞は、前年まさかの“受賞作なし”であった。あれから1年――。時空を超える冒険小説『到達不能極』ならば、その沈黙を破るのにふさわしいだろう。

文=中川凌(@ryo_nakagawa_7