サイバーポルノ・ウーマンリブ小説!? 英語圏で40年お蔵入りのヤバい小説『オルガスマシン』が文庫化

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/22

オルガスマシン
『オルガスマシン(竹書房文庫)』(イアン・ワトスン:著、大島 豊:訳/竹書房)

 コンクリートの島で製造される“カスタムメイド・ガール”。男たちの妄想と欲望が具現化されたような姿をした彼女たちは、箱に入れられ、主となる人間のもとへと出荷されていく。そして島の外に広がるのは、女性を「生体ロボット」とする“男性科学”が信奉され、男たちが「セックス・テレビ」に精神を毒され、女性が家畜やモノのように扱われる世界だった。

 と、あらすじだけでもおぞましく、具体的な描写は書き記すのも憚られるほどグロテスク。原稿の完成は1970年だが、英語で書かれた小説にもかかわらず英語版が出版されたのは2010年…という逸話も納得なのが、この11月に文庫版が発売された『オルガスマシン(竹書房文庫)』(イアン・ワトスン:著、大島 豊:訳/竹書房)だ。

 男の醜悪な欲望がディストピア的なSFとして昇華された小説が、こんな時代になぜ改めて文庫化を…とも思ったが、実際に読むと「いま読むからこそ面白い」と感じる要素も本書には多い。というのも、著者のワトスンは本書を「破壊的なハードコア・ウーマンリブ小説」として書いたと明言しているからだ。

advertisement

 実際、この小説には「女たちの革命」という言葉も出てくる。巨大な青い眼を持つ主人公の女性・ジェイドは、「肉体ではなく、人となりそのものが愛される世界へと逃げ出したい」と熱望する。そしてモノ扱いされてきたカスタムメイド・ガールたちは、男の欲望が隅々まで支配した狂気の世界へと立ち向かっていく。

 また、ディストピア的なSFに見える世界も、実は現実の社会を露悪的に誇張して書き写したものに感じられてくる。

 胸が煙草入れ兼ライターになっているカスタムメイド・ガールのキャシィに対し、「おまえは必需品だよ」と言いつつ、ただ煙草を供するだけで十分だと言い放つ男は、妻や部下の女性を所有物か使用人のように扱う現代社会の男のよう。また、男の警察官が倒れこんだジェイドに言い放つ、「街角で立ち止まるだけで善良な男を刺激し、誘っている」という言葉などは、痴漢の被害者の女性を非難する言葉と重なる。

 またジェイドの心に呼びかけられる「おまえはいつも窓をきれいに磨いているか」「一番魅力的だと思われるように競争しているか」といった言葉は、現代の女性にかけられた「呪い」とも重なるものだ。

 ……と、この小説は風刺的なシーンが多くある。そして残酷な境遇に押し込められたまま絶望的な末路を辿るかと思われたジェイドは、先に述べたように、最果てのその先で、境遇と扱いに抵抗する大きな流れに身を投じることになる。そういった意味で、本書は「ハードコア・ウーマンリブ小説」の側面を確かに持っている。

 しかし、その内容が手放しに称賛できるものとも言い難い。例えば、本書の中ではカスタムメイド・ガール社の社長の志摩幸吉が、愛好家たちに向けて、「この立派な愛好会が掲げる高い理想を考えもせずにカスタムメイド・ガールを購入する人びとはたくさんおります」「もし芸術とポルノの境界があるならば、そう、それをさらに少し先へ進めると――」といった演説をぶつ場面がある。この小説もある種の芸術である「作品」として書かれているものの、意図的に多分に盛り込まれたポルノ的要素は危うさをはらんでおり、その点が魅力の一つではあるのだが、フィクションの世界であればこそ許される描写が多いのも確かだ。

 ちなみに英国人の著者は1967年~70年の3年間、東京に滞在しており、本書には日本的な要素と英国流のブラックユーモアも多分に盛り込まれている。伊勢海老にそんな罰あたりな…というシーンなど、随所に日本的な要素を持つもの登場するので、探しながら読み進めるのも一興かもしれない。

文=古澤誠一郎