ひきこもりでも美味しい贅沢を! カレー沢薫によるキレッキレの「おとりよせ」グルメコラム集

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/30

ひきこもりグルメ紀行
『ひきこもりグルメ紀行』(カレー沢薫/ちくま文庫)

 未だに猛威を奮う新型コロナウイルス。今もなお、不要不急の外出を控えている方は多いのではないだろうか?本稿でご紹介したいカレー沢薫先生の『ひきこもりグルメ紀行(ちくま文庫)』(筑摩書房)は、そんなやるせない世の中でじっと耐えている人類に、今こそ読んでいただきたいグルメコラム集である。

 本作は、漫画家・コラムニストのカレー沢薫先生が、発達した通販文化を駆使し、部屋から一歩も出ずに全国津々浦々の名物を手に入れ、食べつくす試みが綴られている。コロナと関係なく、日頃からひきこもり偏執狂である著者が、自暴自棄の担当から送られてくるご当地名物を味わいつくす様子が収録されているのだが、これが実に、腹がよじれるほど面白く、食欲をそそるのだ。

 例えば、カレー沢先生が今一番美味いと思っているご当地フードは、みんな大好き「博多通りもん」だ。しかし、先生は博多を訪れた際、あえて通りもんは買わず、半端ではない堅さの「堅パン」(こちらも北九州を代表する菓子)を購入し、顎関節症を患っている顎に深刻なダメージを与えながら食べたのだという…。その理由は、通りもんは、自分で一箱買って食うよりも、会社などで、誰かの土産としてひとつだけ配られた物の方が断然美味いからだそうだ。「金で一箱買って食べ尽くすよりも運命的な出会いをしたい」と主張されているのだが、この考えに妙に納得してしまった。会社で自分の机に誰かの旅行土産である「通りもん」がひとつだけポツンと置かれていると、その周辺が黄金色に輝いて見えた…という経験をした人は、きっとどこかにいるはずだ。

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 また、私事で恐縮だが、筆者は高知県在住なので(といっても移住1年目)、土佐銘菓である「ケンピ」が登場した回はテンションが上がった。「ああ、あのサツマイモに砂糖が絡まったカリカリ美味しい芋ケンピか~!」と思ったのだが、なんと「ケンピ」と「芋ケンピ」は異なるらしい。…驚いた。高知県民の癖に知らなかった。しかも、コラムで紹介されている、原材料は小麦粉と砂糖、見た目は“シンプルなスティック型のビスケット”で、とてつもなく堅いという「ケンピ」は、パッケージ裏に「お願い」という体で「最近パクリのケンピが元祖とフカして売ってあるが、うちが元祖だ、必ずうちのを買え(意訳)」という、やはり土佐というか幕末ロックな文章が記されているという。

 筆者は、この一文に仰天し、すぐさま高知市の土産店に走り、「ケンピ」を購入したのだが、パッケージに(もう少し丁寧な言葉遣いではあったが)本当に堂々と上記の文章が記載されていることに戦慄した。

 カレー沢先生は、たとえ正当な主張であっても、それがしづらい雰囲気の現代日本において、こちらのケンピは、ツイッターの捨てアカではなく、パッケージで自分の意見を述べており、「ポイズンな世の中にドロップキック」している…と唸っておられる。ネット上でも炎上やクソリプを恐れるあまり、言いたいことが言えない昨今、ケンピの心意気は、高知県民として心に留めておかねば…と痛感した。

 また、本作は他にも、“中年の胃も圧勝の病みつきチップス”だという菊水堂の「できたてポテトチップ」(埼玉県)や、カレー沢先生の郷土愛が見え隠れする口調で語られる山口県のとても繊細な「ういろう」、100万円のインプラントが粉砕したという沖縄県の菓子「いちゃがりがり」など、本を片手に思わず検索してしまう名物が次々に登場する。

 著者のキレッキレの文章に何度も吹き出しながら、全国各地の名産品に自宅のソファで思う存分想いを馳せることができて、心が久々に清々しくなった1冊である。

文=さゆ