孤独だった鬼の子が見つけた「たいせつなもの」とは。大人の心に響く癒しの物語

マンガ

公開日:2021/2/2

鬼の子
『鬼の子』(ながしまひろみ/小学館)

 年を重ねるたびに人生を歩むのが不器用になっていく気がする。見た目や肩書きで誰かを判断して傷つけたり、自分が抱えてきた悲しみに押しつぶされそうになってしまったりして、上手く歩けない。そう感じている大人はきっと多いのではないだろうか。

 そんな時、ぜひ手に取ってほしいのが『鬼の子』(ながしまひろみ/小学館)という漫画。本作はウェブメディア「cakes」で大人気の連載コミックをフルカラーで単行本化したもの。淡いタッチで描かれている優しくも力強い物語は、人生の苦さを知ってしまった私たち大人にこそ響く。

 本作は冒頭から心を掴まれる。なぜなら、ページを開いて真っ先に飛び込んでくるのが、桃太郎の絵本を読む鬼の子・オニくんの姿だからだ。鬼が倒され、めでたしめでたしで終わるこの昔話を、彼はどんな気持ちで読んだのだろうかと想像すると、心が痛む。

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 オニくんは、ある日突然、町にやってきた。鬼の子どもであるオニくんは世間的に見れば「普通」の枠からはみ出る存在。小さな体に孤独や寂しさを背負いながら、子供たちが野球をしている賑やかなグラウンドを見つめていた。

 それを目にしたのが、中学生の福田みのる。福田はオニくんに声をかけ、野球のユニフォームをプレゼント。すると、オニくんは福田の家にやってきて、「ひとりではできないことをしたい」と訴え、住みつくようになった。

 そこで福田は野球を教えたり、一緒に夏祭りに行ったりして共に日常を楽しむように。2人の交流を目にした母親はオニくんを正式に家族として迎え入れた。

 家族になったオニくんは、町の小学校へ通い始める。入学初日、初めはクラスメイトと上手く打ち解けられていたが、ひょんなことから隠していたツノが露わに。好奇の視線を向けられ、深く傷ついてしまう。

 だが、落ち込むオニくんに、福田はシンプルなのに温かい言葉をかける。

“「オニくんは オニくんだよ」”

 この言葉が心に響いたオニくんは翌日、クラスメイトの前で勇気を出して「自分」を伝えた。

“「ぼくはやきゅうがすきです ごはんをよくたべます ぼくは鬼だけど ぼくはぼくです!”」

 力強いこの言葉にハっとさせられる大人は、おそらく多いだろう。私たちは見た目や肩書きなどという大きな枠で目の前の人を一方的に判断してしまいやすい。けれど、その人が何を考え、どう生きているかはきちんと話してみなければ分からないし、自分のことは伝えないと分かってもらえない。そんな当たり前のようだけれど見逃してしまいがちな「大切なこと」を、オニくんは教えてくれるのだ。

 鬼として生まれたという消せない悲しみとしっかり向き合い、新しい道を切り開きながら居場所を築いていくオニくん。その勇気ある姿は、やがて周囲の人にも大きな影響を与え、優しい世界が広がっていく。

 元プロ野球選手の息子という見えない重圧を感じ、野球部を辞めてしまった福田や育ての母とのかかわり方に悩むクラスメイトの女の子など、本作に登場する人はみな、それぞれ違った心の傷を抱えている。読者はそのコンプレックスや痛みに自分を重ね合わせ、彼らの交流を見て、学ぶ。心の傷は自力では埋めることが難しいが、誰かと関わり合う中でなら癒されることがあるのかもしれない、と。

 読み進めていくと、自分が抱えてきた生きづらさも不思議と少し軽くなっていき、オニくんが口にした「ひとりじゃできないこと」の意味を深く考えたくもなる。もしかしたら、「人生を歩む」という作業も“ひとりじゃできないこと”に含まれるのかもしれない。

 身近にいる人を改めて大切にしたくもなる本作は、大人のための絵本。頑張り屋さんこそ手に取ってみてほしい。

文=古川諭香