「かしこくて勇気ある子ども」が命を狙われる不条理な世界――生まれてくる我が子への希望と不安を描く傑作マンガ

マンガ

公開日:2021/2/9

かしこくて勇気ある子ども
『かしこくて勇気ある子ども』(山本美希/リイド社)

 美しい自然の一部は失われ、差別やテロはいつまでもなくならない、不条理なことばかりのこの世界で、これから生まれてくる子どもたちに、私たちが伝えられることは何でしょうか?

『かしこくて勇気ある子ども』(山本美希/リイド社)は、出産を控える沙良という女性が、これから生まれてくる子どもに何を伝えるべきだろうかと、葛藤する姿が描かれたコミック本です。

子育て中の親は“特別モード”

かしこくて勇気ある子ども P.037
(C)山本美希/リイド社

 沙良は、子どもが「かしこくて勇気ある子」に育てば、明るい未来が訪れると無邪気に信じ、子どもが生まれる日を心待ちにしていました。夫のこうたと共に過ごす妊娠ライフは、しあわせそのものです。

 友人の話によれば、子育て中の親は“特別モード”。「自分も知らないような知識を子どもには教えたいと思っている」という親たちの共通点を聞いた沙良は、その話に納得。「うちの子が世界でいちばん賢くて勇気あるスゴい子になるといいなって思ってる」ときっぱり。子どもを持つ人なら一度は考えたことがあるのではないでしょうか?

 ところが、ある日、女の子が教育を受ける権利を主張するパキスタン出身の少女、マララ・ユスフザイさんが下校途中に覆面の男に襲われ、頭部を撃たれて重傷を負った事件を知って、沙良は激しく動揺します。マララさんは、賢くて勇気があったが故に命を狙われたのです。

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「かしこくて勇気ある子ども」の未来

かしこくて勇気ある子ども P.053
(C)山本美希/リイド社

 マララさんは、沙良が「かしこくて勇気ある子ども」のお手本にしていた少女。この事件を機に、沙良は、マララさんのような子どもが行動を起こせば、危険な未来を引き寄せることがあることに気づいてしまったのでした。

 それから、沙良の状況は一変します。いったい何を信じて、生まれてくる子どもを迎えればいいのでしょうか。「賢くなりなさい。殺されるかもしれないけれど…と言えばいいの?」と沙良は悩みます。

 出産日が近づくにつれて、不安を募らせる沙良。出産日が遅れると、「まだ子どもの準備ができていないからだ」と話すこうたに、「どっちの準備ができていないの?」と返します。激昂するシーンで伝わってきた沙良のつらさは、読んでいるこちらの胸が張り裂けそうになるほど。出産への喜びと不安が入り混じる気持ちは、程度の差はあれど、親ならば誰もが通る道。つらいけれど、沙良はすでに、子どもにとって頼もしい親になっているのではないでしょうか。

思い悩んだ沙良が出した答えとは?

かしこくて勇気ある子ども P. 119
(C)山本美希/リイド社

 マララさんの事件は、どうやったら防ぐことができたのでしょうか。賢くて勇気ある子どもは、どうしたら危険を回避できるのでしょうか。思い悩んだ沙良とこうたは、ある幻想を見ます。その上で、沙良がどう気持ちを切り替えていくのか、そして「子どもに何を伝えられるのか」という問いに出す答えに注目です。私たちが子どもたちを守るために伝えられるのは、意外とシンプルなことかもしれません。

 こんな世界に生まれてくる子どもの将来を嘆きたい気持ちもあるけれど、やっぱり、「生まれてきてくれてありがとう」と声をかけて、泣いたり笑ったりしながら明日をいっしょに迎えたい。そして、自分を産んでくれた親の勇気にも感謝したい。最後は、そんなあたたかな気持ちになれる本書。モノトーンや赤を基調とした絵はアートのように美しく、ずっと自分のそばに置いておきたいと感じる1冊です。

文=麻布たぬ