チェーン店に負けない「個人商店」の魅力――絶滅が危惧される存在の歴史をたどる

文芸・カルチャー

更新日:2021/2/14

『絶滅危惧個人商店』(井上理津子/筑摩書房)
『絶滅危惧個人商店』(井上理津子/筑摩書房)

 最近、地元の商店街に足を運ぶ機会があった。高校生の頃訪れた際にはシャッター商店街となりかけていたその場所には、地域再生化によって以前にはなかった今風のカフェができ、「タピオカドリンク」ののぼりもはためいていた。

 息を吹き返したみたいで嬉しい。そう思ったが、同時に寂しくもなった。あの頃目にした渋い喫茶店や地元マダムの憩いの場所となっていた洋服店に、もう二度とたどり着けないことが無性に悲しかったのだ。

 そんな記憶を思い起こさせたのが、『絶滅危惧個人商店』(井上理津子/筑摩書房)。本書はどこの町にもきっとある、味わい深い個人商店についてまとめたルポルタージュ。戦争などを乗り越え、生き続けてきたお店と店主、両方の歴史を紹介している。

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客目線に立った商売を貫く「かなざき精肉店」

 ルポルタージュはかっちりとした文体であることも多いが、本書はフランクでとっつきやすい。著者と店主の軽快なやり取りに、まるで自分もお店に足を運んでいるような気持ちになってくる。

 取材を通して明かされる、店主たちが見てきた歴史はどれも味わい深い。どっと人が押し寄せ、威勢のいい声が飛び交っていた頃の個人商店が目に浮かび、楽しくなった。

 今は便利な時代だ。少し歩けばコンビニに行きつくし、遅くまでやってくれているスーパーもある。欲しいものが欲しい時に手に入るという豊かさはありがたい。だが、その一方で、私たちは「人情」というものを忘れかけている気がする。

 そう強く感じさせてくれたのが、横浜市鶴見区にある「かなざき精肉店」。お店は商店街に面さず、アーケードの隅に遠慮がちに佇んでいる。切り盛りするのは、金崎富士男さんと兄の久雄さん。店を持つことになったのは、久雄さんが神奈川県・藤沢の肉屋で働きはじめたことがきっかけ。富士男さんも高校卒業後、そこで住み込み従業員として、先輩の背中を見ながら腕を磨いた。

 やがて、久雄さんは先輩の紹介で現在のお店を見つけ、独立。富士男さんは7年間の修行を終え、経営に携わるようになった。当時、世の中はバブルに向かう頃。商店街には人が溢れ、富士男さんたちも1日40万円も売り上げていたという。

 それから時は流れ、商店街はすっかり寂しくなってしまったが、富士男さんたちは長年、肉に命を捧げてきたプロとして、お客さんたちに自慢の商品を提供し続けている。

いい肉は、手で触ったら感覚で分かるんですよ

 そう語りつつも、牛を見るのに一人前などなく一生勉強だとも話す金崎兄弟の「肉哲学」には心打たれるものがある。

 そして、個人的にグっと来たのが、お客さんとの関わり方。どう調理する予定なのかを尋ね、最適なお肉を選んだり、軽い下ごしらえをしてあげたりする温かさが胸に染みた。人生を捧げてきた商品を、大切なお客さんによりおいしく味わってほしい――。そんな想いが伝わってきて、思わず涙してしまった。

 人と関わることは煩わしいと思う風潮が今の社会にはたしかにあるし、色々なものが手に入るスーパーやコンビニは、正直ないと困る。けれど、地域の人の交流場でもある個人商店は、いわば「町の宝」。時代や社会の在り方がどれだけ変わろうとも、場所や業態を変えることなく、今日まで生き抜いてきた個人商店にも消えてほしくない。

 これからますます厳しくなっていくであろう未来に不安を抱きつつも、これまで築き上げてきた歴史や思い出を守り抜いていこうとする店主たちの祈りが何らかの形で報われる社会であってほしいと思う。

 他にも本書には、地上げ屋に20億円近く積まれても店を売らなかった豆腐店や子どものバックグラウンドまでをも気に掛ける玩具店など、魅力しかない個人商店が多数登場。目先の利益よりもお客さんや商品を慮る店の在り方から、あなたもきっと何かを学ぶはずだ。

文=古川諭香