タイで育った女子高生は、日本の文化や思想に戸惑う。彼女はそこでどんな愛を見つけるのか

文芸・カルチャー

公開日:2021/4/13

9月9日9時9分
『9月9日9時9分』(一木けい/小学館)

『9月9日9時9分』(一木けい/小学館)は、しあわせの基準が異なる者同士の愛を主軸に描かれた青春小説だ。バンコクからの帰国子女である主人公は、日本の高校生活を通じて家族、恋人、友人との愛について葛藤し、学んでいく。相手を傷つけても、自分が傷ついても、相手を理解したいと願い続けること。その願いの力は、ときに暴走してしまうこと。そんな一つひとつの痛みを経験から知っていく主人公・漣(れん)の心情の変化を、読者は追体験する。

 数多の青春小説と大きく異なる点は、学校生活というクローズドな視点と、日本とタイというグローバルな視点を行き来しながら、しあわせの基準について考えさせられるところだ。幼少期からタイで暮らしてきたため、漣の価値観はタイ文化の影響を強く受けている。だからこそ日本の風景や慣習、思想が漣の目には新鮮に映り、ときに理解できない。

 漣は父母やタイ人の愛を受け、経済的にも不自由ない暮らしをしてきた。プール付きの家や家政婦、ふだんから声を荒らげず、相手を思いやる文化を育む人々。それが日常だった漣にとって、日本の豊かさの裏にある貧困や差別意識、ストレスから生じる自尊心の傷つけあいは、想像の範疇を超えるものだろう。

advertisement

 しかし、漣は自分が知らない価値観を理解したいと願うようになる。きっかけは、初恋である。初めて出会った唯一無二の存在に、漣は全力で溺れる。そのおかげで今まで大切にしてきた家族や友人をおろそかにしたからこそ、漣は他者をおもんぱかることの重要性に気がつくのだ。

 この物語の主軸は漣の初恋だから、本作は恋愛小説なのかもしれない。けれど、その初恋が気付かせてくれた広義における愛のほうが、漣に大きな成長をもたらしてくれている。ちなみに漣は陸上部で短距離走に励んでいるが、人生はゴールの見えない長距離走のようだ。何度転んで痛くても、起き上がって走り続けることが大切なのだということに、漣は気付いていく。

 作品のもう一つのみどころは、タイの風景だ。たびたび描かれる色鮮やかな日常生活は、香り立つような生々しさがある。タイを愛する漣が焼き付けたその風景を、いつか自分の目で確かめたいと思った。バンコク在住の一木けいさんが紡ぐ言葉から、コロナ禍で遠くなってしまった異国の温度を感じる想像の旅。これもまた、本がくれるギフトだ。

 ところで、作品タイトルに並んでいる「9」は、タイでは縁起の良い数字らしい。日本では「苦」との語呂合わせからあまり良い印象がないが、国が違えば同じ対象でも意味が正反対になる。苦しみや喜びに満ちた青春を走り抜ける漣にとって、このタイトルに掲げられる日はよほど大切な日、かけがえのない瞬間なのだろう。それがどんな日なのかは、ぜひ物語を読んで確かめてほしい。

文=宿木雪樹