仕事本では解消できなかった“モヤモヤ感”と向き合える、ありそうでなかった画期的な1冊

小説・エッセイ

更新日:2012/8/13

会社員とは何者か?―会社員小説をめぐって

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 講談社
ジャンル:ビジネス・社会・経済 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:伊井直行 価格:2,106円

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仕事や働くことについて書かれた本は数多あれど「会社員」をストレートに扱う本には、なかなかお目にかかれない。フリーランスで働く私にとって、単調だとか歯車だとか言いながら、心身のバランスをとり、善良な市民として生きる「会社員」は不思議な存在だ。そうありたいと願いつつフリーランスでいることを選んだ私。そしてその、会社員ではいられない自分の思いについて整理できればと期待しつつ本書を手に取った。

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作者の暫定的定義によると、「会社員小説」とは「会社を舞台として、その中に現れる人間のありようを表現する小説」のこと。山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』、絲山秋子『沖で待つ』、津村記久子『アレグリアとは仕事はできない』など昨今日本の小説からおなじみカフカの『変身』までもを会社員小説として読み解きながら、会社員とは何か?を論じている。

雇用問題、経済論、我々が当然のように重視している「やりがい」について、その出所や最近まで当然とされていた今とは違う感覚などなどについて語られつつ、会社員小説には「会社」と「家庭生活」どちらかのみにしかスポットを当てていないものがほとんどであることが指摘される。逆に、非常勤など非正規雇用者が主人公となるとその人物の「私」が会社の中であっても濃厚に描かれる傾向にあること、さらに黒井千次の『花を我等に』等に描かれる、会社という「公」の場に「私」を持ち込んだことによって展開される奇妙な光景を紹介しながら、「公」と「私」に分断されてしまう会社員について考える。

人間にはどちらもあるはずの「公」と「私」の時間、小説では両方ある人生をバランスよく描くことは難しいらしい。このことは企業が金儲けの論理で動いている以上、そこが生身の人間が全身で人生の目的を果たす場所として機能することに矛盾が生じる現実と無関係ではない。この会社員の苦しさと向き合うことが「会社員小説」の取り組むべき課題である、と。

まったくをもってよく知っている当然のことだ。しかし読み進めるに従い、自分がなんとなく感じていた「会社員になる不安」「会社員になれない不安」が眼前にあらわにされ、思考がゆるやかに流れていく。分析や自己啓発的に仕事を語るやり方ではさばき切れない、会社員の、仕事の、本質的な部分と向き合わされる感覚。頭ではわかっていてもしっくりこなかった部分と付き合ってくれる感覚に心地よく引き込まれた。


目次。章ごとに角度の違う「会社員小説」論が展開する

「会社員小説」について分類され表で示されている

縦画面にすれば表もみやすい

図などもいくつか使われている

注も多いが、クリックすれば該当の注にすぐ飛べる

注もおもしろいので必読