『盤上に君はもういない』作者最新作! 小説家、読者、編集者の熱量が伝わってくる痛切な青春ミステリー!

文芸・カルチャー

公開日:2021/5/19

死にたがりの君に贈る物語
『死にたがりの君に贈る物語』(綾崎隼/ポプラ社)

 あなたにとって、心の底から「生きていてよかった」と感じるのは、どんな瞬間だろう。多くの読書家にとって、それは、とてつもなく面白い物語を読んでいる時であるに違いない。ページをめくる手をとめることもできずに、本の世界に引き込まれる時、この時間が永遠にずっと続けば良いのにとさえ思う。本は人に生きる希望を与えてくれる。「物語の続きを知りたい」というこの思いは、明日への希望そのものではないだろうか。

『死にたがりの君に贈る物語』(綾崎隼/ポプラ社)は、そんな「小説」の力を感じさせる痛切な青春ミステリーだ。作者の綾崎隼氏といえば、恋愛青春ミステリー「花鳥風月」シリーズや、サッカー小説「レッドスワン」シリーズ、女性プロ棋士を目指す2人の天才を描いた『盤上に君はもういない』(KADOKAWA)などの青春小説で知られる。本作は、綾崎氏の40冊目の著作であり、作家生活10周年を終えた綾崎氏が「次の10年に向かうにあたり、どうしても形にしておきたかった物語」なのだという。その言葉の通り、この物語からは強い熱量を感じる。とある未完の小説シリーズと、その小説を思う作者、読者、編集者…。小説に関わる人たちの熱い思いに圧倒させられるような力強い物語なのだ。

 物語の中心になるのは、謎に包まれた小説家・ミマサカリオリ。性別・年齢も不明のこの小説家が生み出したシリーズは、若者を中心に多くの人々の心を掴み、アニメ化されるなど、大きな話題を呼んでいた。だが、シリーズ半ばでヒロインが死亡する展開に批判が殺到し、ミマサカは休筆状態に。しまいには、シリーズ完結を前に、突如、ミマサカの訃報が告げられた。この小説家に心酔していた16歳の少女・中里純恋は、後追い自殺を決行。未遂に終わったものの、「完結編が読めないなら生きていても意味がない」と言い切る。やがて、純恋をはじめとする7人の男女たちは、とある山中の廃校に集結した。彼らは、ミマサカの熱狂的なファン。小説シリーズの内容になぞらえて廃校で暮らすことで、未完となった作品の結末を探ろうというのだ。

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 小説は、出版され、人々の手に渡っていく中で、作者でさえ想像できない強大な力を帯びていくものなのだろう。まさか作者のミマサカ自身も、物語の続きを求めて、こんな共同生活を送る人たちが現れるとは夢にも思わなかったに違いない。廃校での自給自足の共同生活、というだけでもスリル満点だが、ある朝、7人は、とんでもない事件に見舞われる。犯人は誰か。その目的は何なのか。事件をきっかけに、次第に彼らの関係は変化していく。

「あなたがいるから、私は小説を書こうと思います。」

 謎が解き明かされ、7人の思いが明らかになるにつれて、胸がギュッと締め付けられる思いがした。そして、ミマサカが苦しんだような心ない罵詈雑言がなくなってほしいと心から願った。私たちが、小説に生きる希望を見出すように、小説家たちは、読者たちの応援の声に救われているに違いない。読書家たちが抱く作品への熱い思いが、もっと小説家に届けばいい。もっと届けなければいけない——互いに支え合う小説家と読者の姿に、そんな思いがふつふつと湧いてくる一冊。

文=アサトーミナミ