『神様のカルテ』著者、緊急出版! コロナ診療の最前線に立つ現役医師がみた医療現場の今

文芸・カルチャー

公開日:2021/5/27

臨床の砦
『臨床の砦』(夏川草介/小学館)

 しっかり「手洗い・消毒・マスク」をして、不要不急の外出は控えるようにしているが、昨年のような緊張感をもっているかと言われると正直あまり自信がない。変異株の流入もあいまって、新型コロナウイルスの流行は拡大する一方だが、今、医療現場はどうなっているのだろうか。「医療崩壊寸前」という言葉はよく耳にするが、想像すらできないでいる。

 そんなコロナへの危機感が薄れてきてしまっているという人にこそ、読んでほしい本がある。それは、『臨床の砦』(小学館)。「神様のカルテ」シリーズなどで知られる小説家で、現役医師でもある夏川草介氏がコロナ禍の医療現場を描いた小説だ。長野県内の感染症指定医療機関に勤める夏川氏は、コロナ診療の最前線で多くの患者と向き合ってきた。この作品は、2020年末~2021年2月にかけて全国で感染者が爆発的に増えた「第3波」の時期の夏川氏の経験をもとに描かれた作品。医療現場で起きている現実を、生々しくありありと描き出した作品なのだ。

 物語の主人公は、内科医・敷島寛治。彼の専門は消化器内科だが、1年近くコロナ診療を続けている。彼の勤務する信濃山病院は病床数200床に満たない規模の小さな施設で、呼吸器や感染症の専門家はいないが、地域で唯一の感染症指定医療機関に指定されているのだ。

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「この戦、負けますね」

 駐車場にずらりと並んだ発熱外来待ちの車。車内の患者と医師とをiPadを介してつなぐオンライン診察。PCR検査の陽性率は次第に上がっていき、ベッドをどうにか増やしてもすぐに満床になってしまう。自覚症状のないまま急激に酸素状態が悪化していく患者も増えているが、家族と面会させてあげることもできない。ベッド数が足りずに本来ならば入院させるべき患者を自宅待機させることもあるし、「入院させてほしい」と泣き叫ぶ患者をなだめることだってある。おまけにこの地域にコロナウイルス感染症への対応ができる病院はほとんどなく、信濃山病院よりもはるかに大規模な病院や呼吸器内科医のいる病院であっても、我関せずというように、コロナ患者の受け入れを拒否し、患者を次々と信濃山病院に回してくる。一般患者の診療にも支障が出始めている上、この病院の医療従事者たちは、この1年、誰もまともに休みを取れていない。世間では「医療崩壊」寸前と言われているが、寸前などではない。「崩壊」、いや、「壊滅」と言ってもいい状態だ。

「コロナ診療における最大の敵は、もはやウイルスではないのかもしれません。敢えて厳しい言い方をすれば、行政や周辺医療機関の、無知と無関心でしょう」

 医師だって人間だ。感染のリスクに晒されながら休みなしで働き、他の病院から患者を押し付けられれば、その理不尽さに憤りを感じる。だが、そんな負の感情を膨れ上がらせ、クラスター化させては、医療を提供することができなくなってしまう。だが、彼らは、感情を押し殺すようにひたすら目の前の患者のことを考え続けている。

 そんな戦い続ける医療従事者たちに頭の下がる思いがした。そして、自分の想像力の足りなさに、危機感の足りなさに、深く反省させられた。この本は、今のコロナ禍を生きるすべての人が読むべきだろう。日々耐えながら戦い続けている人がいることを、私たちは決して忘れてはならない。

文=アサトーミナミ

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