日本人の“氏名”の歴史! 今のスタイルになったのは、明治時代の“徴兵令”がきっかけだった!?

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公開日:2021/6/2

氏名の誕生――江戸時代の名前はなぜ消えたのか
『氏名の誕生――江戸時代の名前はなぜ消えたのか』(尾脇秀和/筑摩書房)

 当たり前にあるものほど、その意味を知る機会は少ない。誰もが持っている「氏名」もその一つだ。「氏名」が明治維新の頃から使われ始めたのは広く知られている。とはいえ歴史をたどると、江戸時代にももちろん今の「氏名」のような形で、個人個人で名前を持っていた。

 しかし、その意味は現代とは異なる。書籍『氏名の誕生――江戸時代の名前はなぜ消えたのか』(尾脇秀和/筑摩書房)を読むと、名前にまつわる歴史的な背景を学べる。

江戸時代の“名前”には大きくわけて3種類の意味があった

 江戸時代に使われていた名前は、本書の例では、伊勢平八郎、井戸新右衛門、伊藤主膳とやや古めかしい名前が並ぶが、その作り自体は今とそう変わらない印象。しかし、現代とは意味が異なっていた。

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 本書によると、当時の名前は「通称」とも呼ばれていたという。ただ、その意味は現代の「通称」とも異なる。主に、「大和守(やまとのかみ)」など、正式に朝廷の官職に就いている者が特別に名乗れる正式な官名。そして、朝廷に仕えてはいないが上級武士などが使っていた「播磨守(はりまのかみ)」や「上総介(かずさのすけ)」といった疑似官名と、社会的地位に限らず名乗れる「熊蔵」「半左衛門」といった一般通称の3種類が使われていたとか。

 また、当時の人たちは「改名」に制限がなかったことに驚く。子どもの頃は「浅吉」だった人物が、大人になってから「源次郎」になり、やがて、当主になって「源左衛門」になるというのも当たり前。その人自身の“年輪”を表すものでもあった。

誰もが“氏名”を使うようになったのは徴兵制がきっかけ

 江戸時代から明治時代へ。廃藩置県などが行われた明治維新下で、人々は現在のような形で氏名を名乗ることを政府によって義務化されたとか。

 それを浸透させるのに一役買ったのが、意外にも明治時代に始まった徴兵だったと本書。明治6年1月に施行された徴兵令により、人々は徴兵の義務を負った。しかし、なかにはそれを「負担」として忌避する人間もいたという。

 さらに本書によると、徴兵逃れが横行した初回は対象者の実に80%が兵役を逃れる事態となった。これを重く見た政府は、国民一人ひとりに対する「氏名」の管理や把握を徹底する必要性に気が付いた。そして、明治8年2月、政府は「今後は必ず苗字を名乗れ」とした主旨の布告を発表。かくして、日本人の誰もが「氏名」を名乗るようになっていくことになったそうだ。

 さて、今回、紹介した内容は本書のごく一部である。今や「氏名」を使うのは当たり前になっているが、その背景にあった日本社会の変化にもぜひ触れてほしい。

文=カネコシュウヘイ